ネット記事で、スペイン語圏の教育研究者らしい人の記事を見かけた。
綴りと発音が一致していないということは教育上問題がある、”h”のように発音しないものは省くべきだ、という。
動画に字幕もついていたがあまりに時間的に長ったらしいので下に貼られた和文テキストだけ読んだので動画の全編視聴はしていない。
確かに、ラテン語圏の殆どでhは発音しない。
が、それが教育上無意味または害悪か、というとそうは思えない。
漢字など綴りと発音など無関係だし(特に日本語は音訓あるし、音も伝わった時代や連音で複数ある)、アルファベットにしても、他の言語との関わりを知る上で無音の字も判断材料なのだ。
例えば、ナイフ。英語でknifeだけど、kは発音しない。
だが、スカンジナビア語でknivと綴り、発音も「クニーヴ」なので両者は大いに関係がある。周辺諸語との関係はかならずある。
日本語でも、今の常用漢字に絞った語彙の書き換えやひらがな書きで、却って意味のわかりにくくなったものが多く、あとから「あっ、そうだったか」というのが多い。
電気設備の「き電線」は本来「饋電線」と書く。英語の「feeder」の訳で、「feed」が餌や食事を与えるということと「饋」の字は関連がある。
何で食偏に貴か、って言えば食い物を与える行為が貴い、または貴族がペットに餌やりしてる絵面をイメージできるから。
何でもかんでも略すりゃいいってもんじゃない。
