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自分不器用ですから

下手の横好き、へっぽこモデラーの工作&料理Tips。
手先の不器用なオッサンの、どうにかして器用な人と渡り合おうと健さんもとい研鑽を積む過程の記録。
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都会のマンションでも好きな人はやると思うが、田舎故にもう少し大々的にやれるのがガーデニングの類。
お袋殿がかなり大きめな植木鉢を数個買ってきて、植栽をやるという。
ただ、そうなると問題になるのが中に入れる土で、敷地の土ではダメな素材はホームセンターで買ってきて入れるしかない。
そしてそれは案外値が張るうえ、買えるときにと多めに買って余ってしまっても、結局外袋が紫外線で崩壊して中が外気に触れ、使い物にならなくなるので、買う個数は必要最低限に抑えたい。

どうしようね、と持ちかけられたので、鉢の形状を円柱とみなして(実際には六角形か八角形)寸法を測れば大体の容積が割り出せること、最終的には混ぜ込む部分があるにせよ、土を入れた当初は、それらはある一定の割合で層状に敷き詰められたものと考えればいいこと、比重の関係で一袋の重さはバラバラにせよ園芸資材の袋(大概大袋だ)はサイズが一定なので、鉢と袋を採寸すれば必要最低限の個数だけ買うことができる、と答えた。

買いに行ったのは親父殿・お袋殿の両名である。
直前にカラの植木鉢を親父殿が採寸したそうだが、ものさしを当てて深さ・直径を測ると、お袋殿に即座に、
「測ったぞ。で、幾つ買えばいいんだ?」
と計算も何もすることなしに問いただした、という。

後でお袋殿から聞いた時には耳を疑った。

直径がわかれば大体の断面積が出るからそこから容積(あくまで概算だが)が出るし、袋を採寸するのも同じこと。

数字だけ測ればいいってもんじゃない。
データは使い方が合ってこそ意味があるものなのだが。

これで親父殿が昔話で「数学は得意だった」と言っているのだから、「なんだかなぁ~」という思いは否めない。
鉄道模型というのは、住居スペースに旋回半径を規定されるので、相対的に小スケールであればあるほど雄大な景色を盛り込める。
しかし、縮尺の比率の3乗で重さも減るため、走行音はだんだん玩具っぽくなる。
どうやら近年の小半径対応HOというのは、それに応えるためのものだったようだが、そのためのカラクリがいただけない。

元々狭い面積で走らせる前提だったNでは黎明期から平成のはじめあたりまで使われた技法であるが、連結器〈カプラー)を台車マウント(本物では大抵車体側に付いている)にすることで、連結器の首振り半径を大きくし、カーブでの各車体の変位を逃がしやすくしていた。
これ自体は世界中どこのメーカーもやっていたことではあるが、日本国鉄→JRの電気機関車の場合、連結器周りにスカートと称する覆いがある。
台車マウントでは、これの処理に二通りあって、TOMIXではスカート自体は車体に付け、カプラーの動作範囲に当たる部分のみ切り欠く。
対するKATOではスカートも台車側に取り付け、連結器の首振り範囲の制約は台車の首振り角のみとしている。

今現在小半径対応の1/80電機を作っているのはKATOだけで、従前のNと同じアプローチをしているようだ。

早速取り替え披露されている方のサイトを拝見したが、N以上に相対的に急な半径を回っているので(1/80でR370なので1/150ならR197.3相当:スケールモデル志向の人の多い日本では大抵はR248(これでも1/80のR465相当と平均より急)くらいからが多い)、Nより極端にカバーがカーブ内方へ振り出す。

いささかゲテモノ。

連結器をTOMIX式の台車マウントで処理するか、連結器の突き出しを増やすか、さらにクローズ・カプリング(クルツ・クプルンク)を仕込むか。

連結器が首を振るのは気にしないで居られるが、あれほど盛大にスカートがずれるとなるとちと考えてしまう。
今年の春北陸新幹線が出来、並行するJR線がかなり第三セクターに移された。なぜだかかなり細切れだが。
結果として、車庫にトイレの抜き取り設備がないという理由で、かなりの長区間トイレ無しの電車で移動を強いられるのがしなの鉄道である。
JRだった頃、車庫は長野にあったので、特急列車と共用した設備が使えたそうなのだが、今は別の場所、わざわざJRの車庫で抜き取る、あるいはバキュームカーに来てもらうというのは非常にお金がかかるというので、そういう対処をしてトイレが使えるのはイベント用列車だけだという。
他の列車は「業務用室」という名前にしてトイレは閉鎖され、使えないデッドスペースになっている。
催したら次駅で降りるしかない。

とはいえ、特急が新幹線に移った分普通電車が多くなったわけでもなし、1本降りて用を足し次ので、というには時間的に厳しい。
こういう事自体は17年前からわかりきったことであって、特急車両のない車庫用の簡易タンク(カセット式というそうだが)に取り替えておくべきだったろう。

トイレ我慢するのがきついから車で、てんでは本末転倒だろう。
地域活性化の名目で、雨後の筍の如く全国各地に蒸気機関車列車が走るようになった結果、有り難みはほぼ失せてしまった。

それでもなお、蒸気機関車の復活運転を希望している地域が結構あり、「そろそろ目先を変えたほうが良いのでは?」と思う。

現在走っている蒸気機関車のうち、ディズニーランドなどの軽便鉄道規格以外は概ね一度は旧国鉄・JRに籍のあった車両のようで、補修部品がないため往々にして各地の静態保存中の同型車から必要な部品を交換していく、有り体に言えば共食い整備をしている。
それもボイラーに給水するインジェクター の円滑な排気を促すブロワーやブレーキに必要な圧縮空気を作る圧縮機が今作られないという。
ボイラー本体などはまだかろうじて専門メーカーが補修してくれるが(ほぼ新製レベルまで)、動輪1つにしてもタイヤはともかく輪心を作りなおしたなんて話は聞いたことがなく、現車が潰れたらおしまいのようだ。

果たして技術伝承や、文化遺産という点では、これでいいのか疑問になる。
イギリスには5AT先進技術蒸気機関車というプランが建てられているという。

本来は日本でも1台位新車を作れるレベルはあってしかるべきではないのか、と思う。
今ならまだ、かつて車両メーカーが蓄積していたデータやノウハウが文献で残っているし、同系統の技術で作られたタイの蒸気機関車を日本メーカーの現地子会社がボイラ交換などしたというので、作れなくはないと思う。

必ずしも実車のあった型である必要はない。旧国鉄にしても多数のペーパープラン機が残っており、「幻のSL」と言われたC63より実用性の高いであろう「KD55」というのが計画図まで残っている。(中国に戦争中持って行かれた9600の再度狭軌化したものとは違う)
計画とはいうものの、その時点で既に実物のあるD51の走行部にC57のボイラーを載せたもので、概算の性能まで割り出されている。
なぜ実用性が高いと考えられるかというと、D51と同じく動輪は4軸あり、3つしかないC57やC58・C63より3割方引き出し能力が高いこと、高速運転した場合の動揺防止策はD51の前級D50で逆説的に証明されているからである。

動輪の輪軸を、車抜きを容易にする上バネより、D50の当初設計だった下バネにするだけだという。
しかも今現在残っている蒸気機関車のうちC10~12とJR西日本のC56は一部(一番後ろの第3動輪)、大井川のC56は全部の動輪が下バネだというから、実用上手数が極端に増えるわけでもない。

日本の場合、動輪の回転数を300rpmで規定するドイツ流儀が幅を効かせていたので、
最高速度V(km/h)≒57×動輪直径D(m)と概算されるが(線路の広い旧満鉄パシナでさえ、2mの車輪で130km/hどまりなので、345rpmとすこし多く回っているだけ)、戦前の汽車会社(川崎重工へ統合)で400rpmの運転が支障ないことを割り出してしまっており、この場合V(km/h)≒75×D(m)になる。
(57とか75は、V/D= Π(rpm)×60÷1,000(m→km) で算出)
概ね、D50・51クラスの1.4m動輪があれば、100km/hは担保できることになる。

このくらいの能力がないと、現代のダイヤに割り込んで走らせることなどおぼつかない。
作れるのは資金力のある鉄道会社に限られるかもとは思うが。


10日ほど使ったウィンドウズ10だが、結局戻した。
幾つか負荷を軽減させる方法は探って実行し、ある程度は軽く動くようになったものの、前機種OSに比べると15~25%メモリを浪費し、時として容量ギリギリを表示することもあった。

決定的に負荷を軽減するのは自動アップデートを切って手動にしてしまうというものだったが、同時にこれはウィンドウズ10の存在意義を全否定するに等しい。
そしてそれをやってもなお、ノート程度では数ポイント負荷がまだ重い。出玉があるうちは7か8.1が最適解ということになるだろう。

一方で家庭用のパソコンというのは、今日日耐久消費財でしかない。
HDDもSSDも、一定程度で寿命が来てしまう。
現行OS(VISTA~)が期限を迎える前に、手持ちのPC本体の寿命が来るのが先ではないのか。

コンピューターメーカーのラボに勤めてる技術者さんてのは、家電メーカーのそれとはだいぶ気質が違うようだ。
前号だか今月号だかの「鉄道ピクトリアル」に書評として、銀行員あがりの鉄道研究家の方の著書の書籍が紹介されていた。確か藻谷浩介という方だったか。 (後日註:宇都宮浄人氏であった。 藻谷氏は2年位前の対談相手のエコノミストであった。)

なるほど、ごく近年だけをみればそういう見方もあろうか、とは思う。
しかし、かなり前まで遡って見ると、自分たち日本人が鉄道に過度に期待したことのツケが回りに回っての結果ではないのだろうか?という疑念は拭えない。

先進国で、かつ植民地から独立したわけではない国で、主要路線の多くが狭軌というのは日本だけ。加えて路盤はかなり弱く、重い機関車でさえ他国であれば電車レベルの能力しか与えられない、というのも日本だけ。
その貧弱さは、日本全国「軽便鉄道」だらけ、それで無理して都市部の通勤電車を走らせてます、といったほうが近いだろう。
日本人の感覚では「普通鉄道」である長野電鉄なども、イギリスのライトレール交通協会(LRTA)などでは"Electric Light Rail"つまり電化した軽便鉄道の扱いになっているし(同じ車体サイズを持っていても、大手私鉄レベルの輸送能力(速度・輸送人員)が要るほどでなければダメなようだ)、電化すらされず元の経営母体から外された多くの第三セクター鉄道は、単に線路幅が国内標準であるだけの軽便鉄道であるといって過言ではない。
そしてそういう路線は大赤字に喘ぎ、その維持費をどこで負担するか、というスキームづくりに汲々としている。
客が乗らない=売上が上がらないのにコストばかりかかるのだから自然そうなる。

ここまでガタガタになったその理由というのは、「おらが街に鉄道を。さすれば必ず発展する」という根拠が甚だ怪しい期待から国鉄線の誘致合戦を国中で繰り返し、主要路線の改良費を削りに削ってまで路線を伸ばし続けたから。技術的には、欧米並みの大軸重を伴う高能力機関車を入れるための改良自体は、日本の沖積平野などで出来た軟弱地盤でも可能で、実際一定の閉鎖的区間のみながらそういう設備の場所(工業地帯)もあるが、お金もかかるので全国レベルではほぼ皆無。

戦後しばらくまでは貨物も鉄道輸送が主体だったから、農漁村に貨車が乗り入れて、都市部の大消費地向け輸送をになったが、昭和50年代以降、鉄道輸送が信用を失ってしまったので、現状日本の鉄道は基本的に旅客輸送に特化してしまったのだった。
そして地方であれば、残った旅客輸送というのも免許を取れない年齢の学生や、返上するほどの年格好になった高齢者だけ、労働年齢層(これも田舎だと70歳くらいまで上がる)はみな車に乗ってしまう。

確かに藻谷氏の仰るとおり(以前の対談記事)、高速道路が来たって栄えやしない、というのは人の行き来の意味ではあたっている。が、一次産品は鉄道が使えないに等しい現状、小さな街からの出荷では高速道路を頼らねばならないようになってしまったではないか。そして前あった信頼を崩してしまったのは、他でもない鉄道会社=国鉄であった。

鉄道を維持するコストは、剥がして代替手段を提供するよりは安い、というのも総額では当たってはいるが、ではその維持なり剥がすなりの追加費用を誰が負担するか、では的を得ていないのではなかろうか。

というのは、最近JR系のみならず大手私鉄の枝線でも公設民営への移行が何件かあるが、一つの市内で完結するなら問題ないものの、維持費を多く負担する街と、受益する街が食い違うのでは、意見など一致しようがない。
人の懐に見境なく手を突っ込むわけにもいくまい。

今の日本ではほぼ全滅、世界的にも海上コンテナ全盛となっては、昔ながらの「有蓋車」なんて人件費の高い国ではもう殆どないだろ、って思っていたらアメリカはもちろんヨーロッパでもそこそこ残っているようで。
戦前~戦後しばらくの日本では人力で積み荷を積み込んでいて、機械・器具を使うにしても貨車の横までトラックや荷車が横付けされるのがせいぜい。

最後までJRで残っていた「ワムハチ」こと「ワム80000形貨車」が側を全部ドアにしていたのはフォークリフト用パレットに積んだ荷物を積み下ろししやすくするためだったというから、知りうる限りそういうデザインでない欧米の貨車はなかなか理解しづらかった。

百聞は一見に如かず。昨日偶然ヨーロッパでの貨物積み込み風景をユーチューブで見たらなんでもない話だった。

フォークリフトが、そのまま貨物ホームから貨車の中に荷物を抱えたまま乗り込んで荷室の奥へ進み、所定の場所で据え置いたら下がって出てきた。

フォークリフトの全高+荷物パレットの高さが貨車の間口より下回っていれば旧来の設備や車両でも近代的な積込み方法が採れるのだった。
当然ながら、真ん中の最後の積み込みは乗り込む必要はない。

日本の場合、わざわざ貨物ホームを低く切り下げなおしたり貨車を新型設計に直したしたけれど、間口高さは古い「ワム90000」で2mある。(これはUICの規定とも概ね合っていて、サイズ的にフォークリフトが入れないわけではないようだ)
フォークリフトの重さは残念ながら知らないのだが、「重いから入らない」というのはナンセンスに感じる。
だって貨車は停めてあるから。線路を痛めるどうこうでは多分ないだろう。

いかにも制度が硬直していたな、というのが感想。
最近読んでいる本のうちに、『世界ぐるっと朝食紀行』(西川治著:新潮文庫)がある。
まだ全部は読んでいないのだが、これは自分も身内も経験のあった話なので、取り上げたい。
弟が就職した際、会社借り上げのアパートが社宅として割り当てられた。
全くの新築ではないが、そこそこ新しい物件で、調理場は電気コンロだった。
しかし弟が使ってみて、カップラーメン1つ作るにしてもコンロにかけた薬缶はいつまでたっても沸かず、結局歩いて数分のコンビニの常連とあいなった。
自炊は仕事が忙しいこともあり、ほとんどしなかったという。

それから10年位後、自分も電気コンロのアパートに仮住まいした。
熱量は1.2KWという。
一人分だけなら、と思ってはいたが、やはりスイッチを入れ鍋を載せてもなかなか温まらず、ぬるい(=臭み取りの料理酒も完全に飛んでるか甚だ怪しい;車を運転することはなかったからよかったが)味噌汁しか作れなかった。

結局その時点では扱いきれず、コンロのブレーカーを切ってしまってカセットコンロを使っていた。

いくら保安上の理由があるとはいえ、その3倍程度の熱量しかない業務用電気コンロ(たいてい「電気レンジ」と称するが・・・多くはメインの炉で4kW)でよくまあ本格的な料理を作れるな、と不思議に思っていた。

それを解消したのが、前出の『~朝食紀行』だった。

場所は45年くらい前のオーストラリア。
今ほど日本が豊かではない時代、今より厳しい路銀の制約の中半年の取材で著者が滞在したのが昔の日本でいうところの木賃宿のようなホテル。
コンロと調理器具は据え付けだが、自炊には別途食材を買わねばならない。
食事も出してくれるというが、1食数ドル(豪ドル:しかも今より桁違いに豪ドルが高い)というのでは話しにならず、ほとんどすべて自炊したという。
で、そのコンロが電気コンロだった。

スイッチを入れてもすぐにはぬくもりすらなく、食前酒を1杯煽っている間に真っ赤に熱してきたという。
具体的な時間数は書いてないが、せいぜい1、2分であろう。

鍋やフライパンの類はその間おいていてはダメなのかもしれない。
言い換えると、スイッチを入れて1、2分してから鍋をかけるくらいでちょうどいい、と。
著者・西川氏はこれでかなりの枚数のステーキを焼いて朝食にしていた、という。

火加減の頃合いさえわかれば、少なくとも家庭料理レベルでは問題のない料理が電気コンロでもできるわけだ。

ここらへん、日本だと料理本にも載ってないし、キッチンが電化されたらいきなりIHメインで進んでしまった。
IHは調節した火力が即応するので、ガスコンロに慣れすぎた日本人にウケたのだろう。
単なる説明不足だったとも思えるが。

ちなみに海外と日本とで電気コンロ自体の熱量はほとんど変わらない。
アマゾンなどで「Electric stove」と検索してみたが、配電電圧の高いヨーロッパ諸国でも結局1.2kW内外で大差なく、「電圧の高い国だから熱量に余裕がありキッチンの電化率が高い」わけではない。

調理師の学校などでは卒業生がどういう職場で働くかわからないので、ひと通りの熱源で実習するそうな。
船・高層ホテル・列車食堂(ま、今はほぼ絶滅だが)・・これらは基本的に直火が使えず、電気や蒸気での調理になる。



「ルールを変えろ」という本を20年位前見かけたことがある。
いわゆる「ゲーム理論」の本だ。
同期生でこれに熱心な仲間がいたが、その時は乗り気でなく、共に学ぶまでに至らなかった。

しかし今有用性に気づくとともに、日本の場合、気付かずやっていた、というケースがままあることにも気づいた。

例えば、第二次大戦時。
再び戦争になってはならないが、真珠湾攻撃や伊400潜水艦は、それまでの考え方を既存の技術で転換したものだった。
変えた当事者が有用性に全く気づかず、逆に利用される結果になってはいるが。

戦後もいくつかある。
新幹線や冬季オリンピックのジャンプ競技。
スキージャンプは変える側・変えられた側両方になる。
温暖化に伴うCO2排出権取引・・・変えられた側であろう。

新幹線は既存の電車技術だけで出来た。
スキージャンプはジャンプ後のスキー板をX字に交差させて揚力を増し一時大記録をバンバン出した。

ここで、スキージャンプについては北欧諸国がルールを変えてしまうという荒手に出て、X字飛行は禁じ手になってしまった。

排出権取引なんてのは、結局「これ以上CO2増えると大変ですよ。海抜の低い国が海没しますよ」と煽り立ててインセンティブとして低炭素の設備を促し、果たせない国からカネをむしり取ろうというところに意図があるわけで。

それが有価であるからこういうルールが出来てしまったのだが、無価値にできれば取引所自体消え去ってしまう。

例えばサハラ砂漠やゴビ砂漠が文明以前のような大緑地帯に戻せたら。
海中で大量の光合成植物を繁茂させられたら。
CO2が天然ガスの倍出るという石炭火力も、問題にならないかもしれない。

好き放題振り回されるのは、そろそろやめにしたらどうだろう。
「ムキニズム」という、今40代の自分でさえ馴染みのあまりない模型用語がある。
「ワム」「トム」という記号が付く二軸貨車のうち、やや大振りなグループにボギー台車をつけて、
「ワキ」「トキ」といった大型の貨車を小さくデフォルメしたものに見せかけるもののようだ。
実物では重量記号の「ム」は15t積み、「キ」は25t超積みなので(JRの規定)、ボギーを付けたからと言っていきなり積み荷が7割増し積めるわけではないが。
まずは自作の手始めは貨車が手頃か、と考えた時、一見スケール通りのはずがそうではなく、でも造形として破綻しておらず急カーブの取り回しも楽、というまあ都合のいいことを並べ立てたらこれに行き着いた。
習作であるので、HOで考えている。できれば1/87で。ガニ股であっても16.5mm、正規のHOスケールで。
問題は台車なのだが、アメリカのHO用であれば現地価格が6ドル前後(アマゾンとか)。
国内製品だと1/80のほうが安いが、割合高価でダイカスト製で安くても1700円前後。プラであれば1000円程度にどうにか収まる。
サイズの差は8%程度で、これは床面を下げたり一回り大きいことをごまかせれば1/87に組み付けれなくはない。

Nが小半径(200mm前後)の急カーブで大多数の車が通るのに、HO(それも厳密にいう16番)では縮尺比以上に大回りがざら。
台車マウントとか、Nでは当たり前の技法を色々盛り込んでみたい。