関ケ原の戦いで、先陣に位置していた福島隊をうまくごまかして出し抜き、先陣を切ったのは、井伊直政が率いる井伊隊である。

その井伊隊は「井伊の赤備え」として有名であった。

もともと赤備えは、馬場信春、内藤昌豊、高坂昌信と並んで武田四天王と呼ばれた山形昌景の山形隊の代名詞だったが、井伊直政はそれを復活させたのである。

 

このことを知っている人は多いだろうが、なぜ山形隊が赤揃いだったのか知っている人は少ないのではないだろうか?

実は、両者の赤揃えは陰陽道の陰陽五行説によるものだった。

陰陽道は日本では吉備真備を嚆矢とし、安倍晴明という有名人を生んだのであるが、もともとは中国の民間信仰であった。

小和田哲男氏の「軍師・参謀」からの孫引きになってしまうが、

 

天体の運行、宇宙の動きと人間社会の移り変わりが互いに併行し、関係し合うものだと考え、「天人相関」の思想にたって、万事に吉凶を天文の変化から予知し、これによってどう対処していくかをきめようというものである(村山修一『日本陰陽道史話』)

 

とある。

 

五行説は、世の中の万物は木・火・土・金・水という気で成り立っているというものである。

これは西洋占星術が星座を四つのエレメンツ(水・風・火・地)に分けているのと極めて似ている。

 

五行では、人を生年月日で木性、火性のように分類していく。

それぞれの気には、ふさわしい方角、色、季節などが決まっている。

火性の人はラッキーカラーが赤である。

 

山形昌景は詳細な生年月日が不明であるが、井伊直政は1561年2月19日。

 

干支カレンダー

 

から直政の気を調べてみると、火性であると分かる。

 

山形昌景も火性であったと思われる。

そうすると、昌景も直政も占いのラッキーカラーに従ったことになる。

 

五行によると、火=赤、木=青、土=黄、金=白、水=黒がラッキーカラーである。

甲冑等の色もこの5色が基本となる。

 

もちろん、ただオシャレやジンクスのためだけではなく、鎧の色などを統一することは、全軍の動きを掌握しやすくするという利点もあった。

 

「赤揃え」のほかにも「黄八幡」と呼ばれ、黄色で統一された玉縄城主の北条綱成隊は「黄八幡」と呼ばれた黄色で統一された隊であったし、鉢形城主の北条氏邦の黒づくめの軍団などが知られている。

 

山形昌景