「悲劇の戊辰戦争」という本を読んでいると、南條範夫氏が書いた榎本武揚の項の文が目に付きました。



榎本は、堂々とした体つきの、非常な美男子であった。この点では、明治元勲のだれもかなわない。彼が宮中に出仕すると、女官たちが騒ぎ立てたといわれる。



そう言われてみると、榎本も整った顔立ちのように思えますが、稀代一と言い切っていいものかどうか。


では、誰が幕末期一番のイケメンだったでしょうか?

 

暑い夏の暑気払いに考えてみたいと思います。



まず、思いつくのは新撰組土方歳三。

 

 

沖田総司はそんなに二枚目でなかったというのが通説となっていますが、歳三は函館で田本研三が撮ったと思われる写真によりイケメンの座を獲得しています。


おまけに歳三の写真は、目元に修正も加えられイケメン度を増しています。



木戸孝允も男前で、よく一緒に写った伊藤博文は木戸の引き立て役のようになっています。

 

 


勝海舟は小柄ながらいかにも母性本能をくすぐりそうな顔をしています。

 

女性によくもてたというのもうなずけます。

 

 

財閥の大物となった薩摩の五代友厚もなかなかいい顔です。

 

才気ばしったというか、いかにも頭の切れそうな顔付きだと思います。

 

 

個人的には、山岡鉄舟などもいい顔だと思っています。

 

若いときからむちゃくちゃ頑固そうな感じはしていますが。

 


 

中には徳川慶喜をイケメンという人もいます。

 

本人はかなり写真好きだったようで、将軍のような高い地位にいたわりに、数多くの写真が残ります。

 

 

坂本龍馬をイケメンという人もいますが、贔屓倒しのような……。

 

ちなみに下の有名な写真は寝起きでまだ寝ぼけていたそうです。

 




歴史的には著名ではありませんが、イケメンとして人気ある人物に池田筑後守がいます。

 

遣欧使節団の正使として巴里に赴いた人物です。

 

若くして政治から離れしかも、早世してしまったためあまり知られていませんが、「いい男」であるのは間違いないでしょう。

 


 

下に島霞谷の手になるスケッチを掲載しましたが、同じ時期に描かれた同じ遣欧使節団の一員、河田相模守も甘いマスクの「いい男」といえます。



 

 


その中であえてイケメンNo1を選ぶとしたら、個人的には渋沢平九郎を推したいと思います。

 

 

 



平九郎は、天野八郎一派により彰義隊を追われた渋沢成一郎の養子です。

 

平九郎は、振武軍参謀として現在の埼玉県本能市の入間川と高倉方面で官軍と激突。

 

激闘のすえ、敗戦した平九郎らは顔振峠から黒山方面に逃走しましたが、追い詰められてこの地で自決しました。


越生町のHP

 

幕末の人物といっても、何回も写真を撮っている写真好きの伊藤博文のような人物は例外で、一葉の写真しか残っていない人物が

多いようです。

そうすると、その一枚の写真写りというのが、その人の人気度にも大きく関わってきます。
 

 

たとえば、中原中也。

 

 

帽子を被ったこの写真のからすると、純真そうな表情でいかにも「汚れちまった悲しみに」と言いそうな感じです。

 

この写真があったからこそ更に人気を得たと言えるのではないでしょうか?

 

 

 

松平容保も写真写りがよかったといえます。

 

正義の二文字を信じ、翻弄されたまっすぐな人柄が伝わってくるような写真です。

 

 

 

平九郎も、残っている写真は紛れもなくかっこいいです。
 

みなさんは、いかがお思いでしょうか?

 

こんなイケメンがいたよ、というご意見をお持ちの方はぜひコメントで教えてください。

 

 

 

(本記事は「大江戸百花繚乱part3)」2009.8.8の再掲載です。同記事を「枯れたブルースを聴きながら」でも掲載しています)
 

 

(参考文献)

幕末諸隊 秋田書店 栗原隆一
悲劇の戊辰戦争 小学館
島霞谷 松戸市戸定歴史館
幕末の志士199 学研