藤川の棒鼻 | 大江戸百花繚乱 PartⅢ 

大江戸百花繚乱 PartⅢ 

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棒鼻{ぼうはな}というのは現在では使われなくなった言葉だ。
大江戸歴史講座(晋遊舎)によると、

宿駅の外れで傍示杭が立っているところ。棒端とも書く。

とある。


言葉だけでなく、棒鼻自体見ることがなくなったのだから言葉も使われなくなって当然だ。
愛知県岡崎市にある藤川宿跡には、棒鼻が再現されている。
東海道五十三次に描かれている藤川の棒鼻を忠実に再現していて、分かりやすい。

ちなみにこの辺りの西大平藩を統治していたのは、越前裁きで有名な大岡忠相{ただすけ}を初代藩祖とする大岡家である。
忠相は、町奉行としては初めて大名となり、万石取となった。
実際は忠相は、一回も西大平に赴いたことはなく、その後の大岡家も定府大名として江戸に留まった。

参考資料:大江戸歴史講座(晋遊舎)若桜木虔編





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