ロシアの言う、関東軍が味わった歴史を思い出すべきだとの発言は、かなり偏っている。

確かに、極東戦争で戦いに敗れた日本であるが、それはロシアに敗れたものではない。

勘違いしているようだが、ロシアはあの極東戦争では、ハイエナのように日本が前線を下げていくことにあわせて攻め混んできた、侵略行為に過ぎない。

それでも、大きな顔をしているのは、結果として大国維持が出来たからに他ならない。


私の高祖父は乃木将軍の副官で9年を過ごし、日露戦争で旅順攻略に命をとして、高地を死守した。

私の祖父は支那方面の69師団の参謀として中国での前線を下げ、その後、本土に帰還し、別の任務についた。

この2人の出来事は、日本の戦争に大きな一手であったが、わたしが常々感じていることは、2人の間に、より優れた将軍がいれば、極東戦争の始まりも、ことの様子も異なっていたであろう。

つまり、日本は日露戦争には勝ったが、結果として、旅順攻略に1年9ヶ月もかかり、その間に多くの陸軍将校(多くが士族出身)を失ってしまい、海軍将校(多くが一般人)が結果的に優位になってしまったことにより、その後の戦争に負けてしまうことになった。


その意味で、あの時の歴史を思い返すのであれば、ウクライナへの侵攻は時間が経てば経つほど、ウクライナの将校は減り、2次侵攻の際には容易な侵攻が可能になることを思い出すべきだろう。

つまり、今のウクライナに侵攻しているロシア軍の目的は、ウクライナの物理的、人的壊滅であって、勝利ではない。

そのため、ロシアの兵士は精鋭部隊ではなく、どちらかと言うと、消耗戦に強い部隊が選ばれている。


ウクライナからの撤退の後、必ず、今別のところにいる部隊が動く。

だからこそ、ロシアを叩くにはロシアの外ではなく、ロシアの中で起こすしかない。

そのやり方は実に単純だが、日本には出来ない。出来る手段はあるが、わかるだろうか。