世界史(3)東地中海世界とオリリエンの統一

 

 (アカデミア世界史 浜島書店)

 

  地中海東岸のシリア・パレスティナ地方では前1500年ころからエジプトとシリアの中継地や地中海の出入り口として海上交易で繁栄した。ここではセム系のフェニキア人・ヘブライ人・アラム人が活動した。

 

(アラム人)

 セム語族に属するアラム人は前1200年ころからシリアのダマスクスを拠点に内陸貿易に従事した。彼らが使用したアラム語とアラム文字はオリエント地方で使用されてユーラシア大陸まで伝えられて国際語として広まった。

 前8世紀にアッシリアのサルゴン2世に征服されて支配された。

 

(フェニキア人)

 フェニキア人はシドン・ティルスを拠点にクレタ文明とそれに続くミケーネ文明のあとを受けて地中海貿易を独占してアフリカ北岸に植民市カルタゴを建設した。このカルタゴはのちにローマと3回にわたってポエに戦争

(前264年ー前241年、前219ー前201年、前149年ー前146年)を行いカルタゴは敗北した。

フェニキア文字はアルファベットの起源となった。

 

(アカデミア 世界史 1本マストと四角い帆に2本のオール舵をもち船体は天然アスファルトを塗った。船材はレバノン杉である。)

 

(ヘブライ人)

 ヘブライ人(ユダヤ人・イスラエル人)は前1500年ころパレスティナに定住して、その一部はエジプトに移住した。しかしヘブライ人はエジプト新王国の圧政に苦しみ前13世紀(前1250年ごろ)に預言者モーセに率いられてエジプト脱出してシナイ山で神ヤハウェから「十戒」を授けられた。

 

 モーセの十戒 (旧約聖書 出エジプト記)

① あなたは私のほかに、なにものをも神としてはならない。

② あなたは自分のために刻んだ像を作っってはならない。

③あなたは、あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。

④ 安息日を覚えて、これを聖とせよ。主は6日のうちに、天と地と海とその中のすべてのものを造って7日目に休

 まれたからである。

⑤あなたは父と毋を敬え。

⑥ あなたは殺してはならない。

⑦ あなたは姦淫してはならない。

⑧あなたは盗んではならない。

⑨あなたは隣人について、偽証してはならない。

⑩ あなたは隣人の家をむさぼってはならない。

 

 ヘブライ人(イスラエル人・ユダヤ人)は前1000年ころ、ダヴィデ王(在位その子ソロモン王のとき全盛期を迎えた。羊飼いから身をおこして初代イスラエル王サウルに仕え、サウルがペリシテ人と戦って戦死したのちイェルサレムに都を築いて王となり、40年間支配した。

 ダヴィデ王の死後、ソロモン王の時、イスラエル王国は全盛期を迎えて、イェルサレムにヤハウェの神殿が建設された。フェニキア人の貿易活動を援助して経済力を高めたりオリエント諸国との交易を行なって、彼の時代は「ソロモンの栄華」と言われた。しかし、神殿や宮殿の建設のために人民から重税を取立てたのでソロモンの死後、反乱が起こって(前922年)ヘブライ王国は北のイスラエル王国と南のユダ王国に分裂した。

 その後、イスラエル王国は前722年アッシリアに滅ぼされ、ユダ王国も前586年新バビロニアに滅ぼされた。このとき新バビロニアの王ネブカネドザル2世は多くのユダヤ人を首都バビロンに連れ去った。これをバビロン捕囚(前586〜前538)という。ユダヤ人はは約50年後の前538年新ロニアがアケメネス朝ペルシアのキュロス2世により滅ぼされた時に解放されて、パレスティナに帰国してイェルサレムにヤハウェの神殿を再興した

 ヘブライ人(ユダヤ人)はこのような苦難のなかで唯一神ヤハウェへの信仰を強めた。

 そしてユダヤ人だけが救われるという「選民思想」や救世主(メシア)の出現を待望する信仰が生まれた。これが旧約聖書を聖典とするユダヤ教である。

しかし、ユダヤ人の選民思想、排他主義、戒律主義はイエスによって批判された。

 イエスはローマ帝国のアウグストゥス帝時代に生まれた(前7年ごろ)が反ローマの嫌疑で十字架上で処刑された。

しかしイエスは死後復活したと信じる人々からかれは救世主(キリスト)とされた。やがて教団が組織されてキリスト教はローマ帝国の発展とともに広まり、世界宗教となった。その言行は新約聖書に書かれている。

 

(イエスの処刑と復活)

 後30年、イエスはユダヤ人の過越祭(ユダヤ人の出エジプトを記念する祭)に信者を連れて都イェルサレムに来た。

 下層民はメシア(救世主)が来たと受け取ったがユダヤ教の指導者である神殿の祭司、バリサイ派(律法学者)たちは神殿の秩序を破壊する危険な動きとして、またイエスが民衆を扇動して暴動を起こしてローマに反乱を起こすのではないかと恐れた。そこで彼らはローマ総督ピラトに訴えた。イエスの弟子ユダの裏切りによってイエスは捕えられて裁判の結果、ゴルゴタの丘です盗賊二人と十字架にかけられて処刑された。 

イエスの死後イエスを見たという弟子たちが現れ、イエスの復活の信仰が生まれ、原始教会が設立された。さらにイエスは再び昇天して神のもとで最後の審判を下す救世主(メシア、キリスト)であると信じ、イエス・キリストと呼ばれるようになった。

 さてイエスの死後、使徒のペテロなどによるローマでの布教、パウロはイエスの死を人間の原罪を贖うものと位置づけ、人種・民族を越えた救世主であると説いて世界宗教への広まるきっかけをつくった。

 

(古代オリエントの統一)

 前2000年ごろメソポタミア北部におこったアッシリアは小アジア方面との交易で栄えたが前15世紀にミタンニ王国に一時服属した。その後、強力な鉄製の武器と戦車を使用して前7世紀前半にオリエントを統一した。 アッシリアはオリエント地方に重税と圧政による過酷な支配をおこなったのでやがて住民の反乱が起こってメデイアと新バビロニアの連合軍によって前612年に滅ぼされた。

 そのあとオリエントにはメデイア・リディア・エジプト・メディアが独立して4王国が分立した。

 (アカデミア世界史)

 

しかし前6世紀の中ごろイラン人(ペルシア人)のアケメネス朝がおこって、第3代のダレイオス1世(在位前522〜前486)のときは西はエーゲ海、東はインダス川にいたる大帝国を建設した。かれは全国を20州に分けて

サトラップ(知事)を派遣して「王の目」「王の耳」とよばれる監察官をおいて中央集権的支配をおこない税制を整え、金銀貨を発行した。

また海上貿易で活躍していたフェニキア人を保護して経済基盤を整えた。

 陸上では国道(王の道)をを建設して駅伝制を整備した。

 ダレイオス王と次のクセウクセス王はギリシア遠征を行ったためはギリシアと戦争がおこった。これがペルシア戦争(前500〜前449)である。

 その後、前330年にアケメネス朝ペルシアはアレクダンドロス大王に征服された。

(アカデミア 世界史)