歴史の光と影 陰陽
歴史には、光と影がある、脚光を浴びて光の中にいる人間とその人間の影に存在する人間。
例えば豊臣秀吉が光なら、秀長が影
源義朝に対して義平、平清盛に対して重盛、
黒田如水に対して長政、石田三成に対して藤堂高虎
ただし歴史を観る視点を変えると光の当り方が、
変わってくる。簡単に言えば徳川、豊臣の体制側で違う。
影の方から光を見てみる、例えば明智光秀から織田信長、武田義信から信玄等
しかも一方だけでは、成立しない影が有ってはじめて光の存在が活かされる。
これを何回に渡って書いてゆく。
歴史は、視点と私見で変わる、武田勝頼は、信玄よりも武略に優れていた。今川氏真は、内政において駿河を発展させた等、歴史を取り上げて、人と同じ事を書いても誰も読まない。
ただし、同じ事実でも、取り上げる時期と場所と人と違った見解、三国志の孔明が周瑜を説得する時に曹操の銅雀台に美女をはべらせる例えを引用して味方につけたこと、事実の活かしかた。
そして、まだ誰もが取り上げない題材再来年の大河の豊臣秀長とか、次回光と影、秀吉と秀長