前回、自民党の憲法改正が実現されると、

国民の権利が侵害され

それは、戦前の専制国家の状態に戻る予兆だと

そのことについて再考してみた、

別のサイト、自民党憲法改正草稿で検索すると、

現在の状況では、公共の福祉には、限界があって、

それを補う意味で公益および公の秩序を害するとした

概念が考え出されたとされ、雲仙普賢岳の報道者の死や

福島原発事故における禁止区域の設定など、

命を守る為に主権の侵害に抵触する畏れのあるケースを

引き合いにして説明されていた。

何故同じ言葉の解釈に白と黒程の違いが出るのか?

憲法改正の必要性の前に、憲法学者の説明がないと

理解でない憲法自体に問題があると思った。

改正する、しないの前に誰が見ても同じ見方しか

出来ない統一した見解の上で改正しないと、この先

トラブルが絶えない、改正を議論する前に統一した

見解の必要性を痛感する。


そんなことを考えていたら、日本語自体、

曖昧で、意思表示のはっきりしない言語はないと思った。

例えば、永田町言語、政治家がのらりくらりと、記者や

反対勢力の発言を交わす卑怯な言葉、言った、言わない

の水掛け論になるあきれてしまう言葉、

何故、そうなるか、日本語独特の主語と述語(動詞)がかけ離れている、

ということ、他国の言語は 主語と述語が直結している

私、しない、する(否定、肯定)動詞(食べる等動作)ー説明(腹が減っている、いない等)

日本語は 私、説明(腹がへっている)動詞(食べる)そして(否定、肯定)

最後まで解らない、

国会の答弁で主語と動詞を直結させたら、どれだけ予算を削減できるだろうか?

国会での発言を結論から言う、発言に変えたら、時間が短縮されるだろう

例えば、この件に関して賛成と意思表示して説明にはいる、説明が長い

と途中で議長が賛成(反対)承認しますで以下省略

最後まで聞かないと解らない発言をなくすために。

政治家の永田町言語も主語と述語の直結でなくなるだろう

もし小学校でそんな発表をしたら馬鹿にされるに決まっている

。結局、何が言いたいんだということで。

日本語の曖昧により弊害は、憲法改正のみならず、国際社会でも

マイナスになっていることは、間違いない、

日本語を解りやすくする変革が必要と想う、わたしだけ

この曖昧な言語を