一時間のジョギングをした、きつかった、一時間つずける為、たびたびペースを落とした、そして何とか完走、
三分間休息して三分間ダッシュしたそっちもかなりきつい。
きびしい、きつい、その中で遠く果てしないと感じたゴール、苦しい時早く終われと願った、ほんとにそう願っても
なかなか、ゴールは見えてこない、考えないように無心で走る様に、でもきつい、きついを考えず思考をそらすことに、きついを考えず別のことを、そういえば楽しい事、楽を考えると後が苦しいことになる、最初から最後まで楽
なことは、なかなか思いつかない。そういうことはない、それなら苦しみの中に苦しみ(それそのまんま、当たり前)
、当たり前、それはもう悪循環の別の言葉で言えば地獄、苦中苦考えると際限なくある、この世は苦しみだけか?苦しむ為に生まれてきた?(これ宗教?)
何とかタイマーを見たそしたら残り時間20分、かなり足も重くなってきた、思考をそらす苦中楽とは?
苦しみの中に楽しみ、苦労して目標を達成した時の充足感。
苦労して苦しんで、結果、成功、栄誉と苦しみの果て名誉という報酬を受ける。全て結果の為、結果オーライ、
終わりよければ全てよし、結果が全てそんな考えともう一つ、結果は過程、プロセスがあって始めてあるもの、
そして突き詰めれば、成功(結果)も人生においては、一つの過程に過ぎない、人が人生を終えた時(瞬間)が結果なのかも、苦しみの中に幸せがある、努力した過程に価値があり結果はあくまでも最後に残ったもの、(敗北者の言い訳?)成功しなければ、全て無駄、何の意味もない、その努力は無価値、でもつかんだ結果が以前描いたものと違っているなんて多くある、金持ちになって友達、恋人を失うとか、時間を失う(年老いて、若いときにやりたいことが出来なくなっているとか?でもそんなものお金で解決できる?仲間も?)。
タイマーがわずか5分にやったーここまできた、でもきつい、こんな苦しい過程を楽しめるか?苦しいのはやっぱり嫌だ、でも何故苦しいと思いつつも走るのか?苦しいと解っているのに、ただ一時間を走りきったという結果の為、その結果が苦しみより勝る(経済学?哲学?人は利を求める動物なのか?)。
答えは出ない、後2分、もうスパート、ダッシュをかける余裕もない1分、三十秒、タイマーを見る十秒、そして一時間、止まって足踏み、2分ぐらい続ける。
家までまだ少し距離が、三分休む、思い切って走る三分間それなら走れるだろう。甘かった一分で足が重くなる、
惰性になるが腕の振りでごまかして進む全然前に進まない、半分頭が重くなって三分(これって酸欠)、息をゼイゼイというけどそんなもので、すまない半分咳き込んで苦しい、壁にもたれて数分やっと落ち着く。
でも走りきった思いで、胸がいっぱいになる。この想いの為に走っているんだと思った。ただ自分の自己満足100%の為に。
平家物語の一説を祇園精舎の鐘の声、諸行無常のひびきあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす、
驕れる者も久しからず、たけき者もついに滅びる、これ一世に塵に同じだっけ、何か考えたら面倒になってきた
やはり、当たり前に生きるがベスト。
金庸作、倚天屠龍記に、主人公の張無忌が余命短いと知り、老子の言葉を借りて、死っていったいなんだろう、
夢のようなものか、もしかして生きている今が夢で、死んで初めて今、眠りから醒める、眠っていたんだときずく、
現世が夢で、黄泉(死後の世界)が真の世界ではないかと、苦しみの中で張無忌が思ったこと、そして死んで見ないと解らないと達観して医術を志す、そんな一説、何がきっかけで、何を志すか人生てわからない。
走るを通じて果たして達観できるか、自己満足の域をまだでてないが、今回以外にも高尚になってしまった。
自民党の政策事態は、経済の活性化の為、財政出動そして内需の拡大間違ってはいないが、政策云々より
行動事態が信じられない、立派なこととは裏腹にやることが違う、行っていることが違う。
明らかに、不信感、信じられないこの一言、不支持の理由が不信感これにきずかない自民党は致命的。
所詮生きるは苦中苦かも?