ふと人と人との関係性の死について考えていた。
(人は環境が変わると思考も変わる。時間が空くと昔の知人も知らない人のようになる事がある。あらゆるところで関係性の死のようなものがあるのではないか。自分自身ですら、一体いつからいつまでのどんな自分が本当の自分なのか、証明する事は難しいだろう。)
その際に、そういった変化に"忘れてしまう事"が大きな役割を果たしているのではないかと思い、人はなぜ忘れるのかについて考えてみた。
人が物事を忘れる理由は、大きく分けて3つ考え得る。
●人間があらゆる事を記憶し続けているには、
①そもそも脳の容量的に不可能である可能性
②精神的な負荷に心が耐えられない可能性
③重要な場面で必要な情報を引き出せなくなる可能性
①人の脳は1ペタバイト(1,024テラバイト )もの容量を持つそうである。
・書類を満杯に収納した4段式キャビネット:2000万個分の文字情報に相当
・ HD品質の映像で13.3年分のデータ量
少なくともこれだけの記憶容量があるにしては、実際に多くの人が記憶している量はかなり少ないだろう。それはなぜなのか?
(参照記事)
②人は皆大変な思いをしながら生きているものである。
いちいち全てを覚えていては、嫌な記憶がフラッシュバックしたり何かに集中しようとする度に楽しい出来事を思い出してしまったり、生きていくのがより困難になるだろう。
しかしでは何故わざわざ人はそんな精神なんてものを持つ必要があったのだろうか?ただの遺伝子を後世に残すためのシステムであったなら、人に感情なんてものは必要なかったのでは?
これは本能的に好き嫌いの感情が生じる必要があるという、動物的・生存本能的な役割があるのだと個人的には考えている。
例えば"臭い"と感じるものは毒ガスなど、本当に人間の生存を脅かすような要素を持っている。今空気中を満たしている酸素は大昔には生物にとって猛毒だったが、我々は今不快には感じない。
議題から逸れるのでなぜ人に精神が存在するかの話しはひとまず置いておこう。
③いちいち全ての事を覚えていては、いざという時に大事な情報が埋もれてしまって、判断に遅れや誤りが生じやすくなるだろう。
これはかなり最もらしい。
つまり、我々は莫大な記憶容量を持ちながらも、必要ない情報は忘れるようにできている。それ自体が一つのプログラムだと考えられる。
※記憶力を上げたいなら、記憶のメカニズムについて知っていた方が良いだろう。
(参照記事)
飽きたのでこの辺で。