第二次世界大戦中のフランス・レジスタンスに関する入門書、『La Resistence expliquee a mes petits-enfants - 私の孫たちに説明するレジスタンス』(Lucie Aubrac)を読む。元レジスタンス闘士のおじいさんが、自分の孫たちにレジスタンスについて説明するという形式の本。あまりにもレジスタンスを美化しすぎていて、読んでいて若干の違和感を感じる。ただ、当時のレジスタンスの概略を知ることはできた。以下、興味を引かれた点。


(フランス・レジスタンスとは、第二次世界大戦中、ナチスドイツによるフランス占領に対して組織された抵抗運動。)


1. 情報収集が大切


ナチスによる情報統制の下で、より正確な情報を入手するために、レジスタンスの活動家たちはロンドンのラジオを隠れて聞いたり、非合法な新聞を発行したりしていた。「レジスタンスのいちばんの武器は銃ではない。情報だ」と元活動家は言っている。


現代でも、戦略立案のための情報収集は非常に大切な要素である。ただ、これだけ情報があふれた時代にあっては、情報収集の前の仮説設定が不可欠となる。仮説を設定してから情報を収集することで、情報の海におぼれるのを避けることができる。(詳しくはマーケティングの本を参照してください。)



2. レジスタンスの精神は引き継がれている


権力に抵抗し続けて自由を勝ち取る、という理念は、現在ストを続行している大学関係者にも引き継がれているように思われる。レジスタンスの元活動家は次のように言う。「何もしなければ、爆撃、一斉検挙、隣人による告発、理不尽な法、といったあらゆるものに対して恐怖を抱くことになる。我々には、そんな恐れを抱く余裕などなかった。我々は(ナチスによる)占領を打ち倒すことを望んでいた。我々の活動の本質は、受け入れることのできないあらゆるものと戦い、それを破壊する方法を常に探し続けることにあった。


レジスタンス運動によって多くのものが死んだ。彼らの犠牲は美化され、崇拝され、運動を盛り上げる。いま起きている抵抗運動も、やはり何らかの犠牲を欲しているのだろうか?

パリ大学の教授からメールが届く。ストライキのため、少なくとも五月になるまで授業はないだろう、その後もどうなるか分からない、というような内容。「プレゼンをやりたい人はやってもいい。きみたちが仕事をする分には問題ないので」ということも付け加えられていた。あまりの無責任さに少々あきれる。


状況を俯瞰的に眺め、全体のことを考えて自分の行動を調整する、ということが彼らにはできないのだろうか?自分が絶対に正しいと信じる主張を押し通そうとしている事は分かる。しかし、それが社会全体にどのような影響を与えるのか、結果的にどれだけ社会機能を麻痺させてしまうのか、ということへの想像力が決定的に欠けている。


彼らにとって労働とは権力による搾取との戦いであり、できるだけ少なく働き、できるだけ多くの金を手にすることが自由への近道なのだろう。前のホストファミリーの父親が、「フランス人にとって働くということは、アダムとイブが楽園から追い出されたときに課せられた刑苦にすぎない」と言っていたが、それもあながち冗談ではない。フランス人の友達も以前、「働くことは苦しみであり、バカンスこそが本当の人生だ」と言っていた。人生の大半の時間を苦しみとしかとらえられない彼らが、なんだかかわいそうな気もする。


北尾吉孝氏(ライブドア事件のときに有名になった人)の「働くことが自分の幸せにつながるんだ」という仕事観は、この対蹠に位置する。中国古典の影響を強く受けた彼の世界観はかなり独特で、そのすべてをすんなり受け入れられるわけではない。しかし、「社会の役に立ちたい」、という気持ちを仕事の根幹に据え、絶えず自己の鍛錬に励もうとする姿勢には共感できる。




* フランス人の仕事観を安易に一般化するつもりはないが、彼らの仕事に対する姿勢は明らかに日本人とは異なる。

フランス革命に関する本を読み終える。いくつかあるフランス革命成功要因のうち、二つを紹介する。


1. 大衆の啓蒙に成功した


「今の社会はおかしい。自分たちの力で世の中をより良くしていくことができるはず」ということを大衆に気付かせたのが、フランス革命の成功要因。この背景には、ルソー、ディドロ、ヴォルテールといった哲学者に代表される啓蒙主義が文化基盤を押し上げていたことがある。さらに新聞を中心としたメディアの役割も見逃せない。


2. シンボルを利用することで、革命を大衆が受け入れやすいものにした


複雑な事象である革命をいくつかのシンボルに集約し、大衆が受け入れやすいものにしたのが成功要因。その中の一つがバスティーユ襲撃。七人の囚人を解放したに過ぎないこの事件をフランス革命のシンボルに作り変えたのは、当時プロパガンダ戦略を担当していたPalloy。彼は破壊されたバスティーユのかけらをすべての県に送り付け、王政の不正を分かりやすい形で印象付けた。フランス革命のシンボルとしてはその他にも共和暦、フランス記念博物館の建設などが上げられる。


複雑な政治議題を単純なフレーズで表したことも、市民を取り込みやすくした要因の一つ。「旧体制」「ジャコバン」「貴族」といったフレーズにより構図を単純化することで、革命を市民が理解しやすいものにした。(「構造改革」と叫び続けることで思考停止に陥った国民を味方につけた小泉元首相と同じ?)

すでに先週の水曜日のことだが、天気が良かったのでモンパルナス墓地に行く。サルトルやジーン・セバーグ、ソンタグなどの墓を見ながらぶらぶらと散歩。当然ながら非常に落ち着いた雰囲気で、のんびりとした時間を過ごす。


先月いったカタコンブにしても、この墓地にしても、あるいは歴史的な名所にしても、パリは死によって覆われている。ある駅の周辺では革命で何十人がギロチンにかけられ、隣の駅では戦争で何百人が殺された。歴史上のいくつもの死が地層のようにそれぞれの場所に堆積している。パリを歩いていると、静かな死がべったりと肌に張り付いてくるような感じがする。

池田信夫のSBI大学院大学での講義、「イノベーションの経済学」を視聴する。以下、大切だと思われる部分を自分の言葉でまとめる。


*「イノベーションの経済学」リンク



自社の中ですべてを完結させようとすると、現代のビジネスシーンから取り残される。自社を積極的に外部へと開くことで、成長の可能性は大きく広がる。その際の方法は以下の二つ。



1. 汎用技術を開発し、アプリケーションは外部に任せる


現在の産業構造は、「汎用技術(プラットフォーム)+アプリケーション」という水平分業を特徴とする。コンピューターのOSとソフトウェア、インターネットとサイト、歴史をさかのぼれば電力と電気製品がこの例として挙げられる。それだけではなんの役に立つのか分からない汎用技術が、アプリケーションと組み合わさることで大きな市場を作り上げていく。


ある汎用技術を巨大市場に成長させる際のポイントは、その技術をオープンにすることである。外部の者が容易にその技術に参入できるようにすること、アプリケーションまで自社で囲い込まないようにすることが大切である。この成功例としてはLinuxや、HTMLをベースとすることで普及したi-modeが挙げられる。


プラットフォームのみを開発し、その上のアプリケーションは誰でも自由に作れるようにする。そうすることで新しい市場が生まれ、結果的には自社の利益にも繋がる。



2. 外部の製品を組み合わせることでサービスを提供する


現代の産業構造はモジュール化 - 自社ですべてを作るのではなく、他社の既製品を組み合わせることで新たな製品を作りあげること - を特徴とする。Dellがこの好例として挙げられる。Dellのパソコンはほとんどの部品が他社の既製品である。Dellは外部の部品を組み合わせることで、顧客の要望に応じた製品を提供している。


自社ですべてをまかなおうとするのではなく、他社のサービスを組み合わせることで付加価値のあるサービスを提供する、という視点が重要。これは工業製品のみに限ったことではない。例えば医療系ビジネスでも、専門ごとに病院と提携し、複数の病院のサービスを組み合わせることで各顧客に合ったポートフォリオを作成、総合的な医療サービスを提供するようなビジネスモデルは、時代にあったものだと言える。


注)モジュール化はアートの世界でも起きている。既存の楽曲を組み合わせることで新しい音楽を作り出すDJは、モジュール化に特化したアーティストだと言える。

ムッシュがネット広告を出したいと言うので、サイト探しから会員登録まですべてを代わりにやってあげる。登録手続きで問題が発生するたびにキレそうになるムッシュのことを、「よくあることだから」と言ってなだめていたら、「キミはオポチュニスト(楽天的)だね」と言われた。オポチュニストと言われるのはこれで二回目。一度目はこないだのアパート浸水のとき。憔悴するムッシュに「これもいい経験になったよ」と言ったら、やはり「オポチュニストだ」と言われた。


ただ、オポチュニストと言われると少し違和感がある。問題があるから現状分析をして解決を目指す、さらに、その経験からできるだけ多くの教訓を引き出して未来に生かそうとする、それを常に念頭においているだけ。すでに起きてしまったことに拘泥して感情的になっても仕方がない。環境分析の一環として他人の感情を推察することは必要だが、だからと言って自分が感情におぼれる必要はない。


ニーチェが運命愛ということを言っている。自分の運命を愛せるような未来を自分の手で作り出していけ、過去の失敗さえも救い上げるような未来をみずから創造していけ、ということ。手元にある材料を使って、どれだけ豊かなものをクリエイトしていけるかが大切。ないものねだりをしても何も生み出せない。

おお、わたしの兄弟たちよ、わたしはきみたちを或る新しい貴族に任じ、その位に就かせる。けだし、きみたちは未来を生む者、未来を育成する者、未来の種をまく者となるべきなのだ。(・・・)きみたちがどこから由来するか、ということではなくて、きみたちがどこに向かうか、ということが、今後はきみたちの名誉であれ!きみたち自身を超えようとする、きみたちの意志ときみたちの足 - これがきみたちの新しい名誉であれ!


ニーチェ、『ツァラトゥストラ(下)』、ニーチェ全集10、

ちくま学芸文庫、pp.112-113.

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今日でフランスに来てからちょうど半年。こちらに着てからの時間があまりにも濃かったので、「まだ半年しか経ってないのか」というのが正直な感想。


知り合いがひとりもいないなか、半年前のちょうどいまくらいの時間(夜の九時)、タクシーに乗ってホストファミリーの家に到着した。初めてのホームステイ、どきどきしながらチャイムを鳴らし、ホストファミリーとの初対面。それからいろいろあった。役所の手続きにうんざりしたり、大学での課題に狂いそうになったり、途中のこのアパートに越してきて、それからも勉強のし過ぎで倒れたり、水道が破裂して部屋が水没したり。日本と真逆の文化の中にいきなりどっぷりと漬かって、カルチャーギャップに戸惑ったこともあった。でも、自分の世界観の幅が広がったというのもまた事実。


日本を出発する直前のブログで、僕はこんなことを書いている。「不安がないと言えば嘘になる。怖くないと言えば嘘になる。でも、思いっきりやっていくという気持ちさえあれば、少なくとも後悔をすることはないと思う。」現時点でこの留学を振り返ってみて、少なくとも後悔はしていない。日本にいたら絶対に得ることができなかった刺激を存分に浴びてきた。この半年は自分の人生のマイルストーン。

夕食を食べ終わったところ。昨日の夜、ムッシュから「そこにある酒、アペルティフとして飲んでいいよ」と言われたので、今日の夕食前にさっそくチェック。なんとこの酒、アブサンだった!ご存知の通り、アブサンは二十世紀初頭の芸術家、ピカソとかコクトーあたりが好んで飲んでた酒。度数55パーセント、緑色のトロットした液体、ミントシロップのようなまろやかで甘い味わいが特徴的。二十代のピカソが、カフェでアブサンを飲む若い男の横顔を描いた素晴らしい作品を残している。


ただこのアブサン、一時期発売禁止になったということもあって、日本ではなかなか手に入らなかった。初めてアブサンを口にしたのは、吉祥寺のHUBで、「天国への階段」というカクテルとして。そのカクテルがあまりにもおいしかったので、都内の酒屋を10件くらいまわってアブサンの原液を探したのだが、そのときは見つけることができなかった。


記念すべき出会いということもあり、本来は水で薄めて飲むものなのだが、今日はストレートで飲んでみる。うまい!55パーセントとは思えないほどの飲みやすさ。舌がしびれて料理の味が分からなくなるので、アペルティフとしては適さないかもしれない。ただ、とくかくうまい。ということで、今日はストレートのアブサンをアペルティフとして、普通の赤ワインで舌を洗浄しつつ、ラザニアを食べました。満足な夕食。


追記。春になり、食欲が旺盛になってきている。パリに到着してからバカンスで帰国するまでの三ヶ月の間にかなり痩せたが、ようやく体重もベストに戻りつつあり、去年の冬と比べてもとても健康的。筋トレも再開して、胸筋や腹筋も戻ってきた。いいことだ。


追記2。HUB、すごく懐かしい。初台のICCに女の子と行って、帰りにオペラシティーのHUBでビールを飲んだことがあった。あれからまだ一年も経っていない。渋谷のマゴで昼間からビールを飲んだのが留学直前だから、それでもまだ半年前。バカンスのときに新宿で一緒にステーキを食べたのが二ヵ月半くらい前か。そう思うと、フランスでのこの半年間、とくに今年に入ってからがいかに濃い日々だったかということを感じてしまう。


追記3。もう数ヶ月前のことだが、アパートの斜め前にネイルサロンができた。フランスではネイルは一般的ではないので、めずらしい。店の名前は「アメリカ式ネイルサロン」。わざわざ「アメリカ式」とつけなければならないあたりが、フランスでのネイルのマイノリティーさを示している。なお、ネイリストはアジア系の人みたい。


追記4。バカンス中にムッシュへの土産として買った手染めの手ぬぐい、新宿で友達と選んだやつ、がようやく活躍の場を見出した。キッチンのお手拭。角の部分に穴があけられ、現在キッチンのフックにかかってます。なかなかおしゃれな柄なのに、なんとももったいないというか、感性が違うというか・・・棚の奥にしまわれてるよりはいいのかもしれないけど、本当だったらそのまま飾ってもいいようなもの。ちなみに、二つ買ったうちのもう一つは、僕の手元で大切に保管されている。

パリ全土でまた大規模なストライキ。金融危機にともなう社会情勢悪化の怒りが爆発した、というのが今回のストの動機なのだろうが、いまいち目的が分からない。ムッシュに聞いてみても、何がしたいのか分からないとのこと。しかし今回のスト、非常に大きな広がりを見せている。規模は、三十万人が参加し、六万五千人の警官が出動した今年はじめのストと同程度、もしくはそれ以上。リベラシオンによれは、今回のストに「連帯」している人はフランス人全体の62パーセント(サルコジに投票した人のあいだでも42パーセント)、78パーセントの国民がこのストを支持している。


このようなストライキ、確かに政治に緊張感を与えるという点では意味があるのかもしれない。市民の政治参加意識が低く、政治家が国民をなめているような日本では考えられない。ただ、このストが問題解決に効果的だとは思えない。政府をすべての問題の原因と想定して、ただ単に不満をぶちまけるというのでは、あまりにも子供っぽい。先日のニュースでも、ストに突入した組合と話し合いを持とうとした役員に卵が投げつけられた映像が流れていた。こういうのを見ると、結果的にはただの憂さ晴らし、状況をもっと悪化させ、自分たちで自分たちの首を絞めることにしかならないような気がする。


ひょっとしたら、フランスにおけるこのような傾向は、フランス革命の頃から続いているものなのかもしれない。エドモンド・バークは『フランス革命の省察』のなかで、理念が暴力によってしか現実化せず、脈々と受け継がれてきた歴史的遺産が破壊されたことを糾弾している。既存の権力を敵だとみなして、なんでもかんでも破壊すればいいってものではない。問題解決のために一丸となって前進していく、ということがどうしてできないのだろうか?


政治への参加意識が高いというのはいいこと。また、選挙以外の方法で市民の声を表明しようという姿勢にも共感できる。ただ、だからと言ってやたらめったらストをして、国の機能を麻痺させて、経済的損失を拡大し続けるというのには全く賛同できない。

いま夕食が終わったとこ。一人で食事をしていたらムッシュが入ってきたので、そのままムッシュと一時間くらいおしゃべり。ただ、こちらは一人で勝手にワインをがばがば飲んでいたので、少し不明瞭なところもあった。


まず、大学は明日はないの?とか授業はどう?とか聞かれたので、大学は明日はないし、授業は非常につまらない、と答える。ほんとはいまストの真っ只中で授業なんてないし、あったとしてもそれほど行く気はない。だいたい、二週間に一回の授業が二つだけというカリキュラムなので、大学に行くことは最大でも一週間に一回。まぁ、そういうことをいちいち答えるのも面倒なので、適当に流す。


そこから、明日のパリの交通機関のストについて。ムッシュの話を聞く限り、どうやら組合側は生産的な代替案を出すこともなく、ただ賃上げを要求して騒いでいるらしい。どうもフランスにはそういうところがある。自分の欲望を声高に主張して、それが受け入れられないと、相手の迷惑を顧みず騒ぎ出す。それはムッシュも嘆いていた。今回のストもほんとに馬鹿だよね、ということを二人で確認しあった。


ストの話からまた大学の話に戻る。何でパリに来たの?みたいなことを聞かれたので、フランス文学を勉強してたからだよ、と答える。これ、今までに何回も伝えたこと。さすがに八十歳なので、同じ話を何回かしなければならないこともある。でも、それが逆にこちらにとっては気楽。こちらが言ったことを適度に忘れてくれるので、プレッシャーを感じることなく、いろいろと素直に話すことができる。


「大学の授業は非常につまらないけど、フランスに暮らすという経験自体は悪くない。フランスでは、人々がエコノミーということを強く意識しているように感じる。限られた資金や時間を最も効率よく使うことを常に考えているように思う。それはあなたの生活を見ていても感じることだ」というようなことを言ったら、そうか、と妙に納得された。そこからなぜか話はムッシュの親戚が入っている老人ホームへ。


この老人ホーム、レジオンドヌールというフランス国家の賞(日本で言う紫綬褒章みたいなもの)をとった人のみが入居を許された施設。施設のパンフレットも見せてもらった。サイトもあるので、アドレスを載せときます。詳細はまたそのうち紹介します。


それから、話題は政治に移ったような気がする。記憶があまり定かでないのだが、マルローはアホだったこと、それからミッテランは、確かに頭は良かったけれど評価は低かったことを教えてもらったような気がする。ミッテラン、頭が良いのは誰もが認めているのだが、どうも信念がなかったらしい。「ミッテランはごみだ。ただ、頭が良かったことだけが救いだ」みたいなことを言われたりもしたらしい。フランスでは、頭の良さよりも情熱とか信念とかの方が評価される。東大卒で頭はめちゃくちゃいいけれど情熱も信念もないヤツよりも、中卒だけど信じるもののために気合入れて突き進んで、自分の会社をおこしたようなヤツのほうがはるかに尊敬される。個人的にも、頭だけいいやつはどうもヤダ。


確かそこらへんでムッシュの洗い物が終わったので、会話は終わり。ただそのあと、一冊の本を貸してくれた。アンリ四世に関する本。アンリ四世は、宗教戦争が激化したときにみずから宗派を変えて、宗教戦争を終わらせた人。たしかに、彼はフランス史上もっとも高潔な人物だったかもれない。いままでまったくの盲点だった。


というわけで、そんな感じのムッシュとの会話でした。大学のこととかに話題が行くと微妙に緊張するけれど、適度に物忘れしてくれるので楽。何よりもものすごい経歴の持ち主なので、話していて非常に勉強になる。最高のメンターと一緒に暮らすことができてラッキー。都合の悪いところは適当にごまかしつつ、吸収できるところはすべて吸収してから帰国しようと思ってます。


追記 : 老人ホームのサイト、なぜかいまアクセスできないので、後日あらためて載せます。それから、今日は本当は墓地に行ってサルトルとかの墓を見たことを書こうと思ってたんだけど、それもまた今度。あと、パリが春になって人々が徐々におかしくなってって、きょう一日だけでも二回もブチ切れた人を見たこと、それからエッフェル塔のそばにいる詐欺集団についても書こうと思ってたんだけど、それもまたそのうち。季節の変わり目で体調が優れないことも書こうと思ったが、これはもうめんどくさいので書かない。