いよいよ明日、帰国する。今日はパリ際、午前中はフランス人の友達と軍隊の行進を見に行き、夜はひとりでエッフェル塔そばの野外コンサートへ。いちど家に帰って、ムッシュと最後の挨拶をして、それから再び外に出て、最寄り駅からエッフェル塔の花火大会を眺める。先日は初めてコメディーフランセーズに行き、モリエールのMaladi imaginaireを鑑賞、その後、夜のルーブルを散歩した。


これで本当にパリともお別れ。予想外の寂しさに襲われ、少々おどろいている。この一年間、本を千冊読んでもけっして得ることの出来ないような体験を、この身体を削って、この肌で感じてきた。今回の留学で学んだこと、それは一言で言うとLIBERTE(自由)。どんな人間にだって、自分の好きなように生きる権利がある、他人が何を言ってこようが、何をしてこようが、個人には絶対に侵すことのできない自由がある。それだけは日本に帰っても忘れたくない。


If you are lucky enough to have lived in Paris as a young man, then wherever you go for the rest of your life, it stays with you, for Paris is a movable feast.


若いうちにパリに住むという幸運に恵まれたならば、残りの人生、どこに行こうともパリは君とともにある。なぜならパリは、移動祝祭日だから。


ヘミングウェイ


この街で得たことを、僕は一生忘れない。パリにいたころの自分を裏切らないためにも、日本で新たな道を切り開いていく。


PS. このブログを残して欲しいという声もいただきましたので、本ブログ、しばらくの間このままにしておきます。また新しいブログを作ったら、改めてお知らせします。

昨年九月から書き続けてきた本ブログですが、今月の帰国に伴い、閉鎖させていただきます。これまでペタやコメントを残して下さった方々、ありがとうございました。また、ブログを通してパリで知り合いができたのも、望外の喜びでした。


日本帰国後しばらくしたら、本ブログはネット上から削除する予定です。それから、今後ブログという形で日本語で文章を書き続けていくつもりもありません。


なお、帰国までまだ数日ありますので、あと何回か記事を投稿する可能性があります。ただ、今後まとまった時間をとれそうにないので、このタイミングで終了のお知らせをさせていただきました。

ヘルマン・ヘッセの『ガラス玉演技』を読み終える。この十年間、『デミアン』以降のヘッセは、私にとって最も大切な作家だった。『デミアン』も『シッダールタ』も『荒野の狼』も『知と愛』も、これまでに何回も読み解してきたし、パリ大学でも『シッダールタ』に関するプレゼンを行った。しかし、なぜかこれまで彼の最後の大作、『ガラス玉演技』だけは一回も読みきることが出来なかった。いま、二段組みで400ページ以上あるこの作品を二日で読み終えてみて分かった。これは、今回のフランス留学の最後のこの時期にこそ読まれるべき小説だったのだ。


その広がりを削り落としてまでレジュメを作ることは避けたい。そこで、いくつかの気に入った箇所を引用するにとどめる。ただひとつ、この小説を読み通してみて改めて思ったこと。文学は私にとって故郷であり、生きていくための武器である。それはこれからも変わらないだろう。


「われわれのガラス玉演技は、学問と、美の崇拝と、冥想という三つの原理を全部、内部に結合させている。だから、ほんとのガラス玉演技者は、熟した果実が甘い果汁に満ちているように、明朗さに満たされているはずだ。彼は、何よりも音楽の明朗さを内に持っているはずだ。その明朗さとは、ほかでもない、勇敢さ、世界の恐ろしいものや炎のまっただ中を縫って、朗らかに微笑しながら歩み、踊って行くこと、犠牲をはなやかにささげることだ。」(p.562)


「恐怖とどん底の不幸の時代が来るかもしれない。しかし不幸に際してもなお幸福を保とうとすれば、精神的な幸福以外にはありえない。すなわち後ろを向いては、前の時代の教養を救い、前を向いては、そうでなければ、すべて物質の手に帰してしまうであろう時代に、精神を明朗に不屈に主張するのである。」(p.597)


「彼の今度の行為の『我意』は、本当は奉仕であり、服従であることを、彼が目ざして行くのは自由ではなくて、新しい未知の不気味な拘束であることを、逃亡者としてではなく、召されたものとして行くのであり、わがままかってではなく、服従するのであり、主人となるのではなく、犠牲になるのだということを、他の人々にも明らかにし、証明することができればよかったのだが!美徳とか、朗らかさとか、着実さとか、勇敢さはどうなっていたか。減少してはいたが、依然残っていた。」(p.610)


「『目ざめ』の際に問題になるのは、真理と認識ではなく、現実とそれを体験し、それに耐えることである、と思われた。目ざめにおいては、事物の核心や真理にいっそう近く迫るのではなくて、事物の目前の状態に対する自我の態度をとらえ、押し通し、あるいは忍ぶばかりであった。その際見出すものは、法則ではなくて、決意であった。世界の中心ではなくて、自己の中心に達することであった。だから、その際体験することは、きわめて伝達しがたいし、言い現したり、形にまとめたりすることが不思議とできにくい。人生のこの領域のことを伝達するのは、ことばの目的には数えられないようであった。」(p.610)


「自分の生活は、踏み越えて行くことでなければならない、一段一段と進んで行くことでなければならない、ちょうど音楽が主題と速度をつぎつぎとかたづけ、演奏し終え、仕上げ、あとに残し、疲れることなく、眠ることなく、いつも目ざめ、いつも完全に目前にあるように、場所をつぎつぎと渉派し、あとに残して行くのでなければならない、とそう私は心に期しました。目ざめの体験と関連して私は、そういう階段と場所があること、人生の最後の時期はいつでも衰退と死を欲する調子をはらんでおり、それがまた新しい場所への転換、目ざめ、新たな初めに通じることに、気づきました。」(p.625)


「ガラス玉演技」、『新潮世界文学37 ヘッセⅡ』、高橋健二訳


三番目の引用は、レヴィナスの「Autrement qu'etre」にも絡む問題かもしれない。ナチスによって自由を奪われた二人の人文学者の最晩年の作品が、同じ方向に向かっていたとしたらそれはなかなか面白い問題である。

夕食の時間が重なったので、ムッシュと一緒に夕食をとる。ただし、それぞれが勝手に料理したものを食べているので、メニューは別々。こちらがひとりで少しワインを飲んでいたということもあるのだけれど、もう何だか、涙が出そうになるくらい感動的な会話だった。俺はこれからもずっとこの人の弟子だな、と勝手に思った。ということで、忘れないうちにメモ。


まず、ムッシュが言う人生で一番大切なこと、それはBien eleve(直訳すると「育ちがいい」)ということ。で、彼曰く、Bien eleveとは、けっして他人に迷惑をかけないこと。そして、これさえ守っていれば、あとは人間には好きなように自由に生きる権利がある。これは日本国憲法の第十三条と同じ内容だが、とにかく、これが人生において一番大切なことだと言われる。ただ、フランスにはMal eleve(育ちが悪い)人があまりにも多すぎる、ということもあるらしい。


それから、本当に知的な人の条件、それは、複雑なことを誰にでも分かりやすく説明できる能力があること。逆に、あまりにも複雑すぎて自分でもまったく分からないことを闇雲に崇拝するのは、ただのスノビズムらしい。これにも完全に同意できる。まさにその通り。だから、僕も、そしてムッシュも、現代思想なんかで小難しいことをひねくり回してえらそうにしているやつらのことは大嫌い。


次。ムッシュはサルトルが嫌いとのこと。『嘔吐』なんかも、あまりにも汚くてイヤらしい。だが、カミュは大好きと言っていた。だから、僕が『異邦人』の最初の一段落を朗読したら(フランス語の勉強のついでに、カミュの文章はフランス語で丸暗記している)、彼もかなり驚いていた。ただ、こちらがもっと驚かされたことに、ムッシュはカミュに会ったことがあるらしい。なんでも、Science Poの学生時代にカミュが学校に来て、講演会をやったとのこと。すごすぎてあきれる。


あと、政治関連の話題になったので、ここぞとばかりにRegis DebrayとLuc Ferryの事を知っているか、と尋ねてみる。Regis Debrayは彼も好きな哲学者とのこと。それからLuc Ferryは元教育庁の長官で、テレビの討論番組などでも哲学者を相手によく議論をしているとのこと。僕がフランスでいちばん影響を受けた二人の思想家、やはり有名だった。


あとは、フランスにとってイギリスは永遠の敵だよね、という話を聞いたり。だが、ここにもなかなか複雑な心理があるらしい。というのも、フランスがナチスに支配されていたとき、フランスを解放したのは他ならぬイギリスとアメリカだったから。ドゴールがイギリスに亡命し、BBCを通じてフランスのレジスタンスを指揮したのは有名だし、またノルマンディーの戦いなどによってフランスを解放したのはアメリカ軍。実際、ムッシュも戦後フランスに来たGIは素晴らしかった、フランス人はみんな感動して泣いていた、と言っていた。


あと、ムッシュが戦時中の日本は素晴らしかった、みたいな事を言ったので、ただ戦時中の日本はあまりにもファナティックだったんだよね、天皇を神だと思わされていたわけだし、と言ってみた。すると、たしかに日本はファナティックだったかもね、いまの日本での天皇の位置づけはどうなの、と聞かれる。で、日本国憲法によれば天皇は日本の「象徴」だよ、と答えたら、ああ、イギリスのクイーンと同じだよね、ただ、国がまとまるにはそういう象徴も必要だと思うんだよね、と言われる。そこで、それでは現代のフランスにおける「象徴」は何なの?自由、平等、博愛なの?と聞いてみたところ、たしかに自由はそうかもね、ただ、平等というのは違うな、だってフランスには人種差別も性差別もまだ存在してるから、と言われる。これなんかは、こないだのDeberayの議論に通じる問題で、なかなか面白かった。


それから、ムッシュはがちがちのゴリスト(ドゴールの支持者)、僕もムッシュの影響でドゴールにちょっと興味を持ったので、ドゴール関連の本だとどれがオススメ?と聞いてみたところ、ドゴール自身による自伝がいちばんいい、とのこと。さっそく明日、買うことにする。


最後に、いろいろ面白い話をありがとう、あなたは僕にとってフランスで一番の先生だ、と言ったところ、優秀な生徒と話すのは私自身にとってもとても有益だ、キミは本当にBien eleveだ、と言われる。ただ、いまのフランスにはMal eleveが多すぎるから、フランスは嫌いなんだよね、ということも言っていた。フランスのウルトラエリート(超エリート大学の教授で、しかも貴族)がフランス嫌い、というのもなんだか興味深い。ということで、とてもハッピーな夕食。僕が心の師と仰ぐ人として、いままでに柔道部の監督、バイト時代のマネージャがいたけれど、このムッシュは僕にとって三人目の師匠になった。いやいや、やっぱりこのひとはすげえ。


あ、もうひとつ大切なことを忘れていた。ムッシュによれば、人生の本質は教育(Education)にある。で、教育と言うと日本では先生がいて生徒がいて、ということをイメージするんだけど、と言ってみたら、学校教育は教育の一形態にすぎない、もっと自立的な、大きい意味での教育というものもあるんだ、と言われる。ここらへんは、レヴィナスなんかの「教育」観にも通じるのかも知れない。レヴィナスは、教育とは他者との対話だ、ということを言っているけれど、そういう意味で、ムッシュとの会話は僕にとって最上の教育であった。


えっと、もうひとつだけ。物事は本質にまでたどり着くと、非常にシンプルなんだよね、という言葉も印象的。ある事象が複雑に見えるのは、その事象の本質を見抜いていないからなのだろう。頭がいい、ということは、物事の本質を見抜ける、ということなのかもしれない。(ここらへんは、ロダンのもとで「見る」ことを学んだリルケなんかが思い出される。)


あ、最後にもうひとつ。イギリス人の持っているユーモア、自分で自分の事を笑い飛ばせる精神って言うのもいいよね、ってなことも言っていた。

市場経済の拡大により、個人が資本主義の自由競争に直に参入、常に競争することを強いられている。この結果、個人の価値が経済的な生産能力に還元されるようになり、個人に過剰なストレスがかかるようになった。ところが、昨年の金融危機をきっかけとして、フランスでは各人のプライベートな人生をいかにして充実させるか、という点に関心が向き始めている。実際、フランソワ・フィオン首相の命を受けて国の研究機関が作成したレポートは、個人のプライベートの充実を政府の最重要課題にすべきだ、として、家族への給付金の拡充などを訴えている。


フランスが個々人の人生の充実を最重要課題として挙げているのとは対照的に、それらに対する日本の意識はまだ低いと言わざるをえない。過剰労働問題、食品の安全性の問題、子供を育てにくい社会構造、高齢者問題など、個人の充実した人生を脅かす問題は散在している。このままだと、国民全体が、自分のプライベートな生活を犠牲にしながら、不況の中で生き残るべく闇雲に働く、そしてその競争に負けた者は自分の存在価値すら脅かされる、という事態が続きかねない。


しかし日本人だって、個々人が充実した人生を送れるような社会を望んでいるはずである。具体的には、適度な余暇を取ることができる、安全な食品を安定的に供給できる、安心して子供を育てられる、老後も尊厳を維持した生活をすることができる、利害関係にしばれられない、信頼できる友達が身近にいる、といった項目が挙げられる。


そこで、これらの項目に関わるビジネスは、これから伸びるものと思われる。例えば以下の分野が挙げられる。


・ 大都市近郊の遊び場(自然のなかでリラックス)

・ 農業関連(ビオetc.)

・ ヘルス関連

・ 育児関連(働く夫婦の子育てサポート)

・ 介護関連

・ エコ関連

・ 人と人とを結びつける、ネットワーク構築ビジネス


ヘルスや介護は、個人金融資産の過半数を占める六十代、七十代の出費を期待できる分野だと思う。なお、すでにGEはヘルスとエコをこれからの事業の中核に据えることを発表している。

1. フランス語の勉強


全くの初心者から、約五年間でパリ大学大学院に入学できるまでにフランス語を磨いた。


2. フランス文学、現代思想の知識の習得


フランス文学作品、文学理論、言語学、精神分析、哲学等の基本文献を日本語、フランス語、英語で読み、授業や自主的に開いた勉強会を通して理解を深めてきた。


3. 論文執筆、プレゼンを通した問題解決のトレーニング


特定の作家の膨大なテキストを前にして、その作家の本質的な問題を見極め、テーマとアプローチを決め、仮説と検証を繰り返し、最終的に相手に分かる形でアウトプットする、という作業を日本、フランスの大学で何回も行ってきた。


<文学研究のプロセス>


1. ある作家の書いたテキスト、その作家に関する先行研究に目を通し、全体像を把握。

2. テーマ(Problematique)とアプローチ(精神分析的、言語学的etc.)を決定。

3. 仮設を立て、目次を作成。

4. それぞれの項目に関して、「テキストの検証 → 仮説の修正」を繰り返す。

5. 全体を論文としてまとめる。


* 必要に応じて教授の意見を聞き、軌道修正を行う。

文学は好きだったが、文学は趣味として割り切り、慶應大学で理工系の勉強をしていた。しかし、ある文学理論の入門書(大江健三郎、『新しい文学のために』)を読み、文学やアートを勉強することで世界に対する認識が変わる、ということを知る。新たに見えてきた可能性を徹底的に追求したいと思い、慶應大学を辞める。


慶應在学中から始めていた文化村でのアルバイトに一年間打ち込んだあと、ICUの人文学科に入学。


当時、ドイツ文学とフランス文学に興味があった。孤独の中で、自分の内奥に沈潜していくドイツ文学とは対照的に、フランス文学は社会の中で、個々の人間がどのように生きていくのかを問題にする。集団の中での人間のあり方に興味があったので、フランス文学を専攻する。


アントナン・アルトーを研究対象に選んだのも、社会と個人の関係を追及していくため。アルトーは、社会は個人の尊厳を踏みにじる敵だ、として社会を徹底的に罵倒しながら、同時に、社会から認められるために様々なメディアを駆使して自分を表現した人。卒論では、アルトーの演劇論を分析することで、演劇というメディアに対するアルトーの見解を明らかにした。


ICU卒業後、某大学の修士課程に進学。引き続きアルトーの研究を進める。修士論文は、アルトーにおける言語と主体の関係について。人間を社会という拘束から解放しようとしたアルトーの試みを、現代思想と絡めて論じた。


修士課程を文学部総代で卒業し、同大学博士課程に入学。同年九月にパリ第十大学大学院に留学。フランスに来たのは、ひとつは自分の研究を深めるため。もうひとつは、フランス的ユマニスムを肌で感じてみたかったから。ユマニスムとは、人間が集団になったときに、各個人がその集団に押しつぶされてしまうのではなく、個人としての人生の充実を図ろうとすること、と言い換えられるだろう。(*)


フランスでフランス人の家族と暮らし、フランスの大学院の授業を受け、フランス人相手に何回かプレゼンもした。自分の中で、フランス文学に対する区切りはついた。そして、昨年の金融危機以降、社会と個人の関係を改めて問い直そうとする世界の流れをヨーロッパから見ているうちに、今度はビジネスの世界に飛び込んでみたい、という思いが強くなっていった。


* たしかにフランスでは、個人の充実こそが最も大切だ、というコンセンサスがある。特に昨年の金融危機をきっかけにして、市場経済の中で個人が常に競争を強いられている現状はおかしい、市場経済から離れたところで個人が安らぎを感じられるようなシステム作りが必要だ、ということが言われるようになった。ただ、個人が自分の権利をあまりにも強く主張し、ストライキを繰り返すので、社会機能がすぐに麻痺してしまう。

大学で研究していたアントナン・アルトーのまとめ。


アルトーは、「私」という存在のあり方を探求した


1. 「私」=「私の思考」としている限り、「私」の独自性は生まれない


デカルト以降、西洋では、「私」という存在は「私の思考」によって裏付けられてきた。「私は考える、だから私は存在する」、というわけである。通常、「思考」は言葉によって構築される。そして言葉とは、誰もが使える社会の公共物である。ということは、思考とは、社会に流通する、誰もが使えるユニットの集まり、ということになる。さらに、「私」=「私の思考」とするとき、「私」もまた単なるユニットの集合ということになる。個人が社会の公共物の寄せ集めに還元されてしまうとき、個人の独自性は消える。


2. 「私」の独自性を求めるアルトーは、「私」≠「私の思考」を目指す


アルトーは、誰とでも共有できる言葉の集合体としての「私」のあり方を否定する。そして彼は、演劇における身体運動などを通して、社会から独立した、唯一無地の存在としての「私」へと自らを変容させることを試みる。しかし、思考によって裏付けられた「私」を放棄するということは、社会的に「正常」とされる、まとまった一つの人格としての「私」ではなくなってしまうということである。実際、アルトーは統合失調症を患い、精神病院に入れられることになる。


3. アルトーは西洋文明を批判する


言葉に対する批判は、やがて言葉や理性を中軸とする西洋文明の批判にまで広がる。アルトーによれば、西洋文明は表層的なペルソナ(社会に受け入れられるような「私」)を強制することで、人間が本来もつ独自性や生命力を押さえ込むものなのである。


4. 理想の「私」は自立していて流動的である


崩壊する精神の中でアルトーは、彼が考える理想の「私」のイメージを繰り返し提示する。彼が理想とする「私」は、言葉という既存の道具によって決定されるものではなく、自分の力で自分自身を生み出すような自立性を持つ。さらにそれは流動的で、生命力に満ち、可能性に溢れた、まるで卵のような存在である。


5. 言葉にならない「私」を伝えるメディアを探る


アルトーが理想とする「私」は、言葉を基盤としない。しかし、このような「私」を他人に伝えるためには、他人と共有することのできる道具を使わなければならない。そこで彼は、演劇、映画、デッサンといったメディアを用いることで、言葉にならないものを表現し、伝えようとした。


感想


社会によって個人が拘束されることに反発し、かけがえのない個人のあり方を徹底的に探求した、というのは現代にも通じるテーマ。また、言葉にならないものに対していかにして形を与え、コミュニケーションを成立させようとしたか、という問題も大切。