夕食の時間が重なったので、ムッシュと一緒に夕食をとる。ただし、それぞれが勝手に料理したものを食べているので、メニューは別々。こちらがひとりで少しワインを飲んでいたということもあるのだけれど、もう何だか、涙が出そうになるくらい感動的な会話だった。俺はこれからもずっとこの人の弟子だな、と勝手に思った。ということで、忘れないうちにメモ。


まず、ムッシュが言う人生で一番大切なこと、それはBien eleve(直訳すると「育ちがいい」)ということ。で、彼曰く、Bien eleveとは、けっして他人に迷惑をかけないこと。そして、これさえ守っていれば、あとは人間には好きなように自由に生きる権利がある。これは日本国憲法の第十三条と同じ内容だが、とにかく、これが人生において一番大切なことだと言われる。ただ、フランスにはMal eleve(育ちが悪い)人があまりにも多すぎる、ということもあるらしい。


それから、本当に知的な人の条件、それは、複雑なことを誰にでも分かりやすく説明できる能力があること。逆に、あまりにも複雑すぎて自分でもまったく分からないことを闇雲に崇拝するのは、ただのスノビズムらしい。これにも完全に同意できる。まさにその通り。だから、僕も、そしてムッシュも、現代思想なんかで小難しいことをひねくり回してえらそうにしているやつらのことは大嫌い。


次。ムッシュはサルトルが嫌いとのこと。『嘔吐』なんかも、あまりにも汚くてイヤらしい。だが、カミュは大好きと言っていた。だから、僕が『異邦人』の最初の一段落を朗読したら(フランス語の勉強のついでに、カミュの文章はフランス語で丸暗記している)、彼もかなり驚いていた。ただ、こちらがもっと驚かされたことに、ムッシュはカミュに会ったことがあるらしい。なんでも、Science Poの学生時代にカミュが学校に来て、講演会をやったとのこと。すごすぎてあきれる。


あと、政治関連の話題になったので、ここぞとばかりにRegis DebrayとLuc Ferryの事を知っているか、と尋ねてみる。Regis Debrayは彼も好きな哲学者とのこと。それからLuc Ferryは元教育庁の長官で、テレビの討論番組などでも哲学者を相手によく議論をしているとのこと。僕がフランスでいちばん影響を受けた二人の思想家、やはり有名だった。


あとは、フランスにとってイギリスは永遠の敵だよね、という話を聞いたり。だが、ここにもなかなか複雑な心理があるらしい。というのも、フランスがナチスに支配されていたとき、フランスを解放したのは他ならぬイギリスとアメリカだったから。ドゴールがイギリスに亡命し、BBCを通じてフランスのレジスタンスを指揮したのは有名だし、またノルマンディーの戦いなどによってフランスを解放したのはアメリカ軍。実際、ムッシュも戦後フランスに来たGIは素晴らしかった、フランス人はみんな感動して泣いていた、と言っていた。


あと、ムッシュが戦時中の日本は素晴らしかった、みたいな事を言ったので、ただ戦時中の日本はあまりにもファナティックだったんだよね、天皇を神だと思わされていたわけだし、と言ってみた。すると、たしかに日本はファナティックだったかもね、いまの日本での天皇の位置づけはどうなの、と聞かれる。で、日本国憲法によれば天皇は日本の「象徴」だよ、と答えたら、ああ、イギリスのクイーンと同じだよね、ただ、国がまとまるにはそういう象徴も必要だと思うんだよね、と言われる。そこで、それでは現代のフランスにおける「象徴」は何なの?自由、平等、博愛なの?と聞いてみたところ、たしかに自由はそうかもね、ただ、平等というのは違うな、だってフランスには人種差別も性差別もまだ存在してるから、と言われる。これなんかは、こないだのDeberayの議論に通じる問題で、なかなか面白かった。


それから、ムッシュはがちがちのゴリスト(ドゴールの支持者)、僕もムッシュの影響でドゴールにちょっと興味を持ったので、ドゴール関連の本だとどれがオススメ?と聞いてみたところ、ドゴール自身による自伝がいちばんいい、とのこと。さっそく明日、買うことにする。


最後に、いろいろ面白い話をありがとう、あなたは僕にとってフランスで一番の先生だ、と言ったところ、優秀な生徒と話すのは私自身にとってもとても有益だ、キミは本当にBien eleveだ、と言われる。ただ、いまのフランスにはMal eleveが多すぎるから、フランスは嫌いなんだよね、ということも言っていた。フランスのウルトラエリート(超エリート大学の教授で、しかも貴族)がフランス嫌い、というのもなんだか興味深い。ということで、とてもハッピーな夕食。僕が心の師と仰ぐ人として、いままでに柔道部の監督、バイト時代のマネージャがいたけれど、このムッシュは僕にとって三人目の師匠になった。いやいや、やっぱりこのひとはすげえ。


あ、もうひとつ大切なことを忘れていた。ムッシュによれば、人生の本質は教育(Education)にある。で、教育と言うと日本では先生がいて生徒がいて、ということをイメージするんだけど、と言ってみたら、学校教育は教育の一形態にすぎない、もっと自立的な、大きい意味での教育というものもあるんだ、と言われる。ここらへんは、レヴィナスなんかの「教育」観にも通じるのかも知れない。レヴィナスは、教育とは他者との対話だ、ということを言っているけれど、そういう意味で、ムッシュとの会話は僕にとって最上の教育であった。


えっと、もうひとつだけ。物事は本質にまでたどり着くと、非常にシンプルなんだよね、という言葉も印象的。ある事象が複雑に見えるのは、その事象の本質を見抜いていないからなのだろう。頭がいい、ということは、物事の本質を見抜ける、ということなのかもしれない。(ここらへんは、ロダンのもとで「見る」ことを学んだリルケなんかが思い出される。)


あ、最後にもうひとつ。イギリス人の持っているユーモア、自分で自分の事を笑い飛ばせる精神って言うのもいいよね、ってなことも言っていた。