続きです『母親という未知の存在④』続きです『母親という未知の存在③』続きです『母親という未知の存在②』小学生になった私は 新しく出来た「父親②」に良くしてもらいました囲碁や将棋を教えてくれて …リンクameblo.jp


弟からみた姉の私は「お金かけて私立行かせてもらってるのに 何故今の恵まれた境遇を有り難がらないのか」だそうです

弟は中受せず過度の努力を求められないまま育ちました 母親のエリート押し付け教育の成果を私が満足に至るまで出せていた為 そういう期待が己には無かったと

母親と私の言い争いが嫌で仕方なく 俺はどっちの味方でもないから勝手にやっててくれというスタンスを今も崩さずにいます


そして母親 ここまで学歴にこだわるのだから さぞかし良いところを卒業されたのでしょうなと思っていたら

母親曰く「青●学院の短大を出た」

祖母曰く「大学の入学費をちょろまかして行ってない」

は?


大学受験の日が来ました

前期は東大 後期は私の行きたい大学にしようと思っていると話したら 案の定「両方とも東大で」と拒否されました が もう18歳の私は大学入学を機に絶対この家から出てやる💢 2度と帰る気はねぇ‼️と考えを巡らせていました

心理学に興味があったので 私立大の心理学部を「滑り止め(成績的には妥当)」に受験すると言い了承してもらいました

滑り止めと称した本命私立大には合格しました

東大は当然無理でした

全力を出してないとかではなく 普通に無理な成績だったのですが 恐らく浪人させてでも入れたかったのでしょうね

全ての受験が終わった結果 「浪人しろ」と命令を下されましたが「浪人はしたくない 滑り止めへ行く」と主張するとなんと!「入学費は出さない」と! で でたー!これは明らかな虐待! でも言うと思ったから対策を立ててました

祖母に入学費を払ってもらい 祖母の家へ下宿しつつバイトなどで返済していくからいいですと

絶対に浪人はしません

絶対に浪人はしません

どんな手でも使って私を受験させようとしても 白紙で提出してやる

絶対受け入れない意志を通し続けた結果 私は解放されました✨

母親に抱いていた溜まりに溜まった憎しみを分けて差し上げました


大学中に漫画家なるぞーと意気込み 送った大学生活はとても良き思い出になりました 祖母への返済は同人活動でなんとかなり笑(翌年からは母の支払いになりました)

命令を下して嫌々従うだけのコミュニケーション?をしていた母と私は「最近どう?」なんて普通の話をすることもないので 母親からそのような電話はかかって来ず ストレスフリー✨

大学在籍中に唯一かかってきた電話は


「父親②と離婚したから」


の報告だけ! 戸籍謄本が2ページに渡っただけのダメージしか有りません 結婚なんて絶対しないし 後は何も記されないはず😊


大学在籍中に持ち込みした漫画で担当がつき その後無事受賞したので 漫画家としてデビューに漕ぎ着けることが出来ました ただ一人暮らしになるまで大分時間をかけたので 祖母には迷惑をかけましたが…

デビューしたらこっちのモン理論もあり 母親も祖母を通すようになってからは強く言えなくなっていました

(祖母と母親も私と同じような希薄なコミュニケーションしかとっておらず 年末年始に実家に帰るタイプではありませんでした 母と違うのは祖母は近況を聞く電話をちょくちょくしていた)

その後 母親との連絡は賃貸を借りる時の保証人になって欲しいと報告をするだけで 後は着拒してとことん接触を避けて生きましたが 


とある日に親戚を巻き込んで母親が大問題を起こしました


↓今好きな漫画😊 チェンソーマンの映画が楽しみです!レゼ大好き💕