省吾さんのように、色々断捨離していたら見つかりました。
「あきた新音」の会報誌。
経年劣化で染みもありますが、載せてみました。
後に「ノースロードミュージック」の社長になられる
「瀬川忠雄」さんのお名前もありますね。
写真をクリックすれば多少大きな画面で見れますが、
それでも読みにくいと思うので、
瀬川さんの部分だけ抜粋したいと思います。
「5月10日の夕刻、時間と心を開けといて下さい。浜田省吾」という案内状が秋田新音にも届き、パーティに出席してきました。
出席者は身内の人ばかりで、昔のFUSEのメンバーやレコーディングメンバー、コンサートの主催者、ツアーのスタッフや家族を含めて100人くらいでした。
何周年記念パーティという仰々しいものでなく、10年間彼を支えてくれた人達と旧交を暖めたいというものでした。
彼らの演奏もあったし、愛奴のメンバーが集まり省吾のドラムで時任君が歌うという場面もありました。
彼のあいさつの中で、これからも淡々とマイペースで進んで行くこと、
これまでお礼かたがたこれからもよろしくという言葉がありました。
二時間くらいのささやかな、そして本当に楽しいパーティでした。
それから、二次会では省吾と奥さんと時任君と一緒になりましたよ。
(秋田新音 瀬川事務局長)
今となっては貴重なお話ですよね。
こちらのブログには瀬川さんのお姿もあります。
当たり前の事ですが、
こういう多くの人たちにも支えられたからこそ、
省吾さんの今があるんですよね。