池波正太郎「男のリズム」 | F1っぅ放送作家 高桐 唯詩のブログ

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70年代から業界で働き、F1総集編26年。ル・マン、パリ~ダカ、ツール・ド・フランスなど冒険好き。現場経験多数。基本は詩人だがレース関係が長いので、クルマ関係者だと思われている。
ちょっとおしゃれで、インテリジェントな、時々泣ける話を目指します。

池波正太郎の随筆「男のリズム」を読み返してみた。

「池波正太郎って一体誰」という声が聞こえてきそうだが、しかたがあるまい。もうなくなって30年以上が過ぎた有名な作家である。

 

私は池波正太郎が好きで「鬼平犯科帳」や「剣客商売」その他のエッセイをたくさん買い込み、若い頃よく読んできた。もちろん私以上の大ファンは多いだろう。

 

 私は中村吉右衛門主演のお芝居「鬼平犯科帳」を新橋演舞場で見たり、池波さんが通った資生堂パーラーに行ったり、定宿にしている山の上ホテルも好きで何泊もしたり、新国劇の人々が集った湯河原の隠れ宿「加満田」にも泊まり大女将に池波さんのお話を聞いたこともあるくらいのファンである。

 

 話は飛ぶが、1992年頃 TIサーキット英田(現岡山国際サーキット)ができた折りに視察に行ったあと、F1で有名な森脇基恭さんと私は新幹線で鈴鹿に移動したが、森脇さんはその時ずっと鬼平犯科帳を読んでいた。そのくらい当時の男性にとって池波小説は魅力的だった。

 

 

さて、男のリズムの奥付を見ると昭和54年とあるから、1979年に発刊された角川文庫である。私は30歳くらいに読んだことになる。

 

 ここに「旅」という項目があって、池波正太郎はある日突然、羽田空港に行き、奥様に適当に空いている飛行機のチケットを買って来させ、それに乗る。行き先は決めてなく、その時は岡山へ行く飛行機だった。

岡山で降りて瀬戸内の海辺に出て、その辺の小舟を雇って、瀬戸内海に目的もなく船を出し、お酒を一杯やる。そして、「うとうとする」というのが池波正太郎の一つの旅のやり方と書いてある。

 

 私は憧れて、一度はやってみたいと思っていたが、出かける時にはいつも「目的」があり、例えば徳島に出かけるにしても「県庁の人と会ったり」なんだかビジネスが絡まないと、旅に出かけられない情けない性分なのである。

 目的もなく空港に行き空いてるチケットを取って、旅に出てしまう。

 昔はそれが出来た。

 

 しかし今の時代こんなことは許されない。

旅の予約はすべてネットでチケットが出回り、安い宿がくっついてきて、船だって予約なしに動けるものではなく、ヘタをしたら禁煙禁酒でのんびりと瀬戸内海に漂うなんてことは許されたことではないだろう。

 

 池波正太郎がこのエッセイを書いた時代はまだ「男のリズム」あるいは「男だからこういう旅をしたい」ということが許された時代だった。

 

 

しかしながら現代は 、男を吹聴するよりも、女性目線の旅の方が多い。

 

 男は女性がリードするバスの旅にお付き合いで載せていただくような時代だ。

 

いまは「俺は男だからこうするんだ」と言うとパワハラになりかねない。空港でうろうろすると挙動不審者になってしまう。日本国中監視カメラがあって自分がどう動いたかがわかる世の中になってしまった。

 

 しかしながら、なぜ池波がそういう旅を好んだかというと、自分の存在が、ありとあらゆるところに繋がっていて、住所・氏名・年齢・職業・納税・健康保険・マイナンバー、全てのプライバシーが見張られている中で、「自分の素性も職業も知らない人に身を委ねて海を漂う」ことは最高の贅沢だ。

 

そういいたかったのではないだろうか。

 

 エッセイの扉には「大人も、若者も、女も子供も、生活に本当の楽しみや味わいを失ってしまった現代の日本。男の生き方のノウハウを伝える好エッセイと書いてある。

 

 いやはや今は本当に難しい時代ですね。

 ネットでは、うっかりポチッでプレミアム会員になって、月々わけのわからない手数料が引き落とされていたり、問答無用で税金の請求書が来たり、とにかく普通に生きているだけでもどっさりといろんな義務がのしかかる。

 

 そんな中で許される本当の旅はあるのだろうか?

 

 話は一気に飛ぶが、私がよく行く八重山諸島の小浜島の小さなスナックに一冊の渥美清の写真集があった。

 

若い人たちがそれを見ている。「寅さんのように生きたい」そういう思いは若い人たちの中にもあるのだろう。

 

               (小浜島)

 

 池波正太郎の人生の醍醐味はやはり「あらゆるしがらみから自由になって、ほんの一瞬でも海にたゆとう存在として、ほろ酔いでもいいから、感性を解放してみようよ」ということなのではないだろうか。

 

 人生を楽しむ。これがなかなか難しいのだ。

 

じゃあまたね。

 

バイバイ。