上越の旅(11月5日の備忘録) | munkのブログ

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かな?

玉葱植付け準備中の畑へご近所さんが現れる。
例の旅へ明日出発するけど、どう?
 
翌日、うっすら紅葉が始まる信濃路の傍らに
洪水の傷跡もあらわな千曲川を記憶にとどめ
高速道路を上越市へ向かった。

前日午後に明日の宿を取れとの指令を拝命し、
「糸魚川でヒスイは拾わないんだよね」などと確認を取りながら
2泊分の朝食付き禁煙部屋を取ってのことだ。
 
目指すは直江津海水浴場近くの居多(こた)ヶ浜。
いわゆる承元の法難で流罪となった親鸞が越後に上陸した地だ。
五木寛之氏の『親鸞・激動編(上)』で足踏みしているオレにとって
恰好の呼び水になるか。
 
現地は公園として整備されて日本海を眼下に一望できる。
そこに立てば、快晴ながらも強風が吹きすさぶ。
親鸞上陸のときもこうだったのかと思いがよぎる。
 
居多ヶ浜記念館に入ると、隣接の親鸞座像を安置する見真堂の堂守と
思わしきご婦人のご接待を受ける。
この旅を思い立ったご近所さんとご婦人の交わす会話に
さしたる予備知識もなく出かけてきたオレはついていけない。
 
親鸞聖人越後七不思議のひとつとされる片葉の葦。
堂守さんは、わざわざ自ら刈り取ってオレたちにくださった。
「浜風にあおられて葉が一方にだけ伸びるんですよね」
などと罰当たりを口走るオレの自宅の仏間にも今一本ある。
 
末遠く法を守らせ居多の神、
弥陀と衆生のあらん限りは
 
と親鸞が詠んだ居多神社(上越一之宮)がやはり出雲系だとか、
親鸞が過ごした竹ノ内草庵は、国分寺内にあるが
国分寺自体の当時の位置が定かではないとかが気にかかる。
 
オレのリクエストで上杉謙信の春日山城に登った。
いかにも難攻不落の山城だ。
駐車場から春日山神社を経て本丸まで上り詰めると
さすがにじんわり足腰に疲れが。
帰路を誤り、どんなときにも枯れることのなかった山上の井戸を見つける。
道を間違えなかったら、これも見られなかったよね、
などと負け惜しみを言うころには、夕飯で銘酒「謙信」を呑むことしか
考えてなかった。
 
ホテルのフロントできれいなお姉さんに居酒屋を紹介してもらい、
「謙信」をしたたか呑んだのは言うまでもない。