「下界が灼熱地獄なので、避暑するぞ」
とおなじみご近所さんの突然の申し出にふたつ返事のオレ。
ご近所さんは以前の飯田線の旅で食いそびれたSK亭のラーメンにご執心。
めでたく今回その思いをとげたが、
それ以外はほとんどノープランだと言う。
オレはかねてより興味を持っていた大平宿を提案し、
調べてみたところ、ご近所さん希望の猿倉の湧水と同じルート。
これは、行くしかないと即決。
飯田市から狭い山道を工事用のトラックとすれ違いながら
標高1235mの峠を越えるとそれはあった。
江戸時代に伊那(三河)街道と中山道をつなぐために
拓かれた大平街道。
その中間地点のわずかな平地に宿場町ができ、
炭焼きや杣仕事で一時は栄えた。
昭和45年に集団離村を決めた後も守る会によって
宿は古民家一軒丸ごと自給自炊で借りることができる。
現在、守る会は解散したが、南信州観光公社が引き継いでいる。
山が深い。緑が濃い。空が青い。
静寂の中に時をすり抜けてきたかのような大平宿。
三和土の土間の奥に竈が控え、板敷きの広縁つづきに
囲炉裏が切られている。障子ふすまで仕切られた奥座敷が
日差しを遮りながらおぼろげに浮かび、人待ち顔である。
五右衛門風呂は薪で沸かすしかない。
十数件の宿が幅一間ほどの街道の両側に並ぶ。
その前を軽やかな水音を立てて水路が走る。
冷たい水だ。
集落の脇を黒川という渓流が流れ、その景観の美しさと透明な水にこころを奪われる。
何時間眺めていても飽きないな、とオレ。
ここで冷やしたビールは旨いぞ、とご近所さん。
着眼点はいつも一枚上のご近所さんだった。