【オーディルの冒険 –Brain Heart Infusion】 0011 | こころの色…  ~love you, so "Nice Smile"

こころの色…  ~love you, so "Nice Smile"

はじめまして。
とうとう、ブログを始めることにしました‼️

アークエンジェル、始動します。

パブリロは悲壮感と自責の念に打ち拉がれながら、コンクリート群の見える処に数日間留まっていた。いつ来るとも分からないオーディルを、まるで王子さまの迎えを待ち焦がれているお姫様のようにひたすら待ちながら佇んでいた。

 

そのとき、パブリロの前に一人の男が現れた。痩せた肢体に長身の背丈、鋭い眼差しに窪んだ眼窩、高い鷲鼻に透き通るような白い肌、口髭を乱雑にたくわえ、片方の耳に十字架のピアスをぶらさげている。先の尖った黒い靴はところどころ白く剥がれ落ち、色褪せた赤いジャンパーの背中にはジェット機を銜えた狼が牙を剥いている。

 

「ヘイ!どうしたんだい、冴えない顔して。」

 

パブリロは見知らぬ男に戸惑ってすぐに言葉が出てこなかった。男はパブリロの傍に歩みより黄色い歯を露にしながら、更に続けた。

 

「どうしたってんだ、おまえ。口が効けねえのか?」

 

「そうじゃないよ。いきなり声を掛けられたからさ、ちょっとびっくりして。」

 

「そうかい。で、何かあったのか。」

 

「・・・おいら友達と喧嘩してさ。どうしていいのか分からないんだ。」

 

「なんで、喧嘩なんかしたのさ。」

 

「おいら、オーディルと・・・オーディルっていうんだ、おいらの友達。で、そのオーディルともう一人の友達と三人でスクールに通ってたんだけど、おいら頭が悪いからスクールでやってることがさっぱり解らなくてさ、もうこんな生活はまっぴらだってオーディルに言ったんだ。そしたら喧嘩になって。」

 

「そうかい。スクールの奴ら、ちょっと頭がいかれてんだよ。あいつらの頭ん中にゃ、訳の分からねえ勉強のことしかねえんだ。まあ、それもしょうがねえけどよ・・・それより、そんな奴ら放っといて俺と一緒に行かねえか?・・・どうせ行くとこねえんだろ

 

「ないけど。・・でも、オーディルが迎えに来るかもしれないしさ。」

 

「大丈夫、気にするこたぁねえ。そのうち、また会えるさ。スクールで堕落した奴が行く所は決まってんだから。さあ、行こうぜ。」

 

終始軽い調子の男はパブリロを車に乗せてアクセルを踏込んだ。

 

     **

 

<OSCUROS>と描かれた看板。

 

剥がれ落ちた塗装に書きなぐった文字がだらしなく傾いている。その下には赤錆が浮き出たドラム缶が放りだされている。

 

扉のない建物、屋根が半分の家屋、壁がボロボロに剥がれ落ちて内部のレンガが剥き出しになったビル、

割れた窓、ペンキで悪戯書きされたブロック塀、切れた有刺鉄線やタイヤのない錆びた車、無造作に積上げられたタイヤ、締まりのない蛇口、

大きな窪みが幾つもある道路の奥には、忘れ去られた過去が廃墟と化している。

 

その中へ入っていく錆びれた一台の車。

 

運転席にはシビルと名乗る男、その隣りにはパブリロの姿が見える。パブリロの前を傾いた看板が通り過ぎて「何て描いてあるの」と尋ねた。シビルは「OSCUROS」と素っ気なく答えて、パブリロは更に意味を聞いた。すると、男はちらっとパブリロを見て眼だけで笑い、「雑居天国って意味さ」と言った。

 

「こんな処に人が棲んでいるの?」

 

「ここはお釈迦さ、もう終った街だ。俺たちが行く所はこのもっと奥だ。」シビルはそう言うと、白い煙を吐き出して短くなった煙草をパチンと指ではじいた。吸殻が車の後ろへ泳いでいく。

 

男はアクセルを踏んだ。車がけたたましい音を立ててスピードをあげる。パブリロは心もとなく、しっかりとシートにしがみついていた。何か汚れた胸騒ぎを感じていたが、その気持ちをどうすることも出来なかった。今は自然の流れに身をまかせるしかなかった。

 

     **

 

パブリロが次に眼にしたものは汚れた街をにわかに彩る文字やアートであった。真っ暗な中でパチッパチッと音をたてて点滅している外灯が静かな夜に動きを与えている。赤や青、ショッキングピンクにパープルのネオンが街を浮び上がらせ、街頭には群衆が往来している。

 

シビルは一件の店先で車を止め、静かに運転席から離れた。パブリロもまた車から降りて彼を見た。

 

「ここだぜ。」

 

店頭にはグラフィックに装飾された<OLD WOLF>の流れる文字が取って付けたように添えられている。パブリロはシビルに付いて店の中に入った。

 

白く曇った空気とすえた臭いが薄暗い部屋に充満している。奥から聞えるサウンドは三角や四角のギザギザしたリズムを打ち鳴らし激しく響き渡っている。そして、頼りない照明がスポット的に店内を照らし、その下では数人のグループが怠惰に酔い痴れている。

 

シビルはカウンターに寄り掛かってバーテンに何やら話しかけた。バーテンは目玉だけ動かしてパブリロをチラッと見て、手元のグラスを二つ取り出した。シビルはそのグラスに褐色の液体を注ぎ、自分のグラスをすこし嘗めて片方のグラスをパブリロに促した。パブリロもシビルを真似て口に液体を流し込んだ。そしてすぐに大きく咳込んで吐出してしまった。

 

ハッハッハッ、初めは皆そんなもんだ。」

 

シビルは小さく声を出して笑った。パブリロもまた彼に釣られて微笑んだ。

 

すると、奥の丸いテーブルに座っていた男がフラフラとシビルの方にやってきて、手の甲で彼の胸を叩く。シビルは男に気付くと、胸のポケットから白っぽい袋を取出して男に渡した。パブリロはその光景を凝視していた。

 

“あれは何だろう。何を渡しているんだろう。”

 

その強い眼差しを敏感に感じとったシビルは「そのうち分かるさ」と言って、奥の方へ入っていった。パブリロも後を追った。テーブルに付いている各々のグループを掻き分け、二人は更に奥へと入っていく。グループの数人がパブリロに視線を投げ掛け、すぐまたグループの輪に戻る。パブリロも眼を合わせてはすぐに逸らす。彼らの瞳は、パブリロにとってどことなく不快な感じを与え、ある種の恐怖感を抱かせる。

 

コツコツと靴を鳴らして、シビルは一面黄色く塗られた鉄のドアを開けた。

 

一段たかく設けられたステージの上では、雑多な楽器が所狭しと動き回り針金のようなサウンドをがなりたてている。マイクを掴んでいる紫色の逆立った髪の毛は真っ赤な舌をくねくねと動かし、血走った眼を宙に彷徨わせている。フロアを埋めつくす人々は両手を高く挙げ、押しあいへしあいステージに雪崩れ込む。誰もが我を忘れて上下左右に激しく体を揺らし、次々と色を変えるライトが熱気と喧騒を一層引立てている。

 

パブリロはその形相に目を剥いた。自分とは違った何か別の生きもの達が繁殖したような気がしていた。心のどこかで自分は違うんだ、この中には入れないんだ、と感じる反面、自分だけがとり残されいる、自分もこの中に混じりたい、という気持ちも顔を覗かせていた。

 

眼を皿にしてステージに見入っているパブリロに、シビルが親指を立て“行くぜ”とサインを送った。更に二人は別の空間へと移っていく。

 

薄暗く細い通路をシビルの後に続いて進むパブリロ。通路の両側にはさまざまな様相をした人間たちが共存している。

 

壁にもたれてジロジロ見ている者、

床に這いつくばって動かない者、

ボロ布を身に装いパブリロの手足に触れる者、

眼窩が青く窪んでいる者、

座り込んでじっと一点を見つめている者、

口紅だけがやけに赤く浮きでた者、

両足がなくなってる者や切断された片腕を抱きかかえて泣いている者、

急に笑いだしすぐまた宙を見つめる者、

常に口から煙を吐き出している者、

琥珀色の液体に溺れた者、

 

壊れた人間たちが生気を失い、両脇にただ何となく佇んでいた。

 

これまで味わったことのない恐怖がパブリロに襲いかかる。この場から早く立ち去りたいという思いが去就する。それでも仕方なく進むパブリロ。恐る恐る脚を滑らす彼にいきなり一人の男がしわがれ声で叫んだ。

 

「おまえ達に俺の気持ちがわかるか!」

 

驚愕したパブリロはおののいて左の壁にぶち当った。男はその後すぐにケッケッケッと笑って宙を見つめたまま動かなくなった。パブリロは横目で男を見ながら逃げるようにシビルの後を追っていった。

 

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