コロナ前。

杖をついていた。

脊柱管狭窄症で、歩行が困難になり、

同じ姿勢を長く保つことも出来なくなった。

「現場」を歩いて調査することが仕事の基本だったわたしは、

隠退するしかなかった。

いまでは杖はとれているが、

走ったり、激しくからだを動かすことはできない。

東京の街を適度に歩きまわり、太腿から下の血流を支えている。

 

杖のとき。

混む時間に電車に乗ると、

奥の優先席のあたりまで押し込まれる。

揺れと圧迫で問題を抱えた脚が震えた。

混む時間は優先席に座っている人たちもOLさんが多い。

わたしを見ても、

お嬢さんたちはポーカーフェイスでスマホに集中している。

杖の数カ月間、席を譲ろうとするお嬢さんにはひとりも出会わなかった。

以来、いまの若い女性たちを見る目が変わった。

 

杖もとれて、仕事を隠退して、混む電車にも乗らなくなった。

なのに、お嬢さんたちの印象はもっとわるくなった。

 

ときどき、午前中に、職域たとえば大手町や丸の内の地下の街を歩く。

通勤時間は過ぎているが、まだ働く男女がたくさん行き交う。

OLさんたちはみな歩きスマホで速足、視界に逆方向からの歩行者を捉えながら、

スマホから目を離さず、道を譲らず、わが道をひたすらつきすすむ。

男たちは譲るのだが。

 

もちろん住域はもっと歩く。

歩道を、小さな子を載せたお嬢さんママチャリが疾走する。

子どもを載せていないときも、

歩行者のなかに突っ込む、縫うようにして追い抜く。

この生活態度は、そこに載せた子供たちにも引き継がれていくことだろう。

 

働いているころ、つまり目的があって歩いていたころは、気づかなかったのに、

隠退し、任務を意識せず、街を歩くようになってから、

そんなお嬢さんたちの実態を知った。

 

お嬢さんたち。いくら飾っていても、これではだいなしだ。

カッコ悪すぎる。

 

歳をとって街を歩いていると、

お嬢さんたちだけでなく、

ジジが運転するクルマも怖い。

毎日のように高齢者が引き起こす交通事故が報じられている。

営業車、配送車、そしてタクシーといった、

仕事で人やモノを運びまわっているクルマも怖い。

そこに住んでなくて、成績ばかり気にしている人たちだから、

住域でも飛ばし、交差点で待つ人に譲らない。

若いころ、働いているころ。怖いものと言ったら、

一姫、二トラ、三ダンプ。だった。

隠退したいま、怖いものは。

一姫、二ジジ、三業務。

になった。