きょうはくもりがち。

2023年8月1日。

久々に、35度未満...「猛暑」ではない、いや「災害」ではない日になるかもしれない。

ちなみに...何年か前、猛暑のとき、気象庁が「これは災害だ」と発言して以来、

マスコミは「災害級」と呼ぶようになったようだ。

 

千駄木に行った。

我が家からは、東大に沿って本郷通りを北上し、

東大農学部の脇の路地をはいり、

日本医科大学の方へ歩いていくと、千駄木に至る。

近い。

 

筆すすむ? 文豪は台地縁 で創作す

 

千駄木は、本郷台地の縁にある落ち着いた住宅地だ。

「谷根千」で、「昭和レトロの下町」が売りになっている谷中、根津とは違う。

それから。医療、というか、日本医科大学のまちだ。

日医大の病院、大学、関連施設がたくさんある。

千駄木は「日医大村」といっても過言でない。

ネットで調べると、

日本医科大学は、元「済生学舎」と言い、明治9年に創設され、

日本最古の私立医科大学のようだ。

わたしも、日医大病院には、何度かお世話になった。

 

ちなみに、日医大病院は、根津神社の真ん前にある。

ウィキペディアによると、

根津神社は、1900年以上前に、あの、日本武尊が、

武神須佐之男命の祀ってつくったきわめて古い神社で、

のち、1400年代、太田道灌があらためて社殿をたてたそうだ。
 

それから、千駄木は、文豪のまちだ。

たとえば...

日医大病院の脇の道を進むと、

夏目漱石の旧居跡がでてくる。

ここも、日医大の施設の一角だ。

猫(石造)が2匹いる。

よくある単なる碑にはない愛嬌を感じる。

 

もうすこし北へ歩く。団子坂に出る。

団子屋があったから、転ぶと団子のようになってしまうから...   

言われは諸説ある。

団子坂には、森鴎外の旧居跡が出てくる。

近代的で大きな施設だ。

「観潮楼」。森鴎外はそう名付けたそうだ。

ここには、当時、たくさんの作家たちが集まったようだ。

このあたりは、本郷台地の東縁になる。

「観潮楼」の脇の道も、「汐見坂」と言い、鴎外や作家たちの散歩コースだったそうだ。

ここからは、隅田川から東京湾までよく見えたのだろう。

作家たちは、眺めのよいこの地で、気分よく、語り、筆をすすめたのだろう。

ちなみに、いま、「汐見坂」から隅田川方面をのぞむとこうなっている。

「汐」どころか、スカイツリーが、ビルとビルの隙間にかろうじてみえるくらいだ。

 

こんどは、「谷根千」の残り、「谷中」にゆこう。