4年ぶりの神田祭報告のつづきだ。

神田明神を朝に出発して日本橋・神田の町々をまわっていた

平将門・大黒様・えびす様の神田明神三大神が戻ってくる午後4時ごろ、

こんどは日本橋・神田の各町々の神輿が神田明神に魂を注入してもらいために、

続々とやってくる。「宮入」という。

5月14日から翌15日にかけて約200基もの神輿が宮入をする。

 

よい神輿 水面の木の葉 如く揺れ

 

そのいちばん最初。2023年神田祭の「宮入」トップは、横山町、馬喰町と、魚河岸会だ。

まず、横山町がきた。そろいの半纏、こじんまりしているが神輿らしい神輿といえる。

 

つづいて来たのは「魚河岸会」だ。ひときわ目立つ大きく金色の強い神輿だ。

担ぎ手はそろいの半纏ではない。たくさんの町々からの参加のようだ。

どんな集団なのか、ネットで調べてみる。

「魚河岸会」とは、徳川家康の入府とともに江戸へ移り住んだ日本橋魚市場の開祖森孫右衛門が、

徳川家の武運長久と子孫繁栄、大漁安全を祈願し、神田明神境内に「水神」を祀り、

以降、魚河岸・魚問屋仲間が、代々、神輿をかついできたようだ。

この魚河岸会の水神社神輿は20年ぶりの宮入だそうだ。

 

そのつぎは、前をゆく横山町の隣の馬喰町だ。

 

とりあえず、この3つの神輿が宮入先陣をきる。

湯島生まれのカミさんに聞くと、

神輿の担ぎ方の理想は、たんに上下に動かすのではなく、

水面の木の葉のように揺れることだそうだ。

この先陣の三神輿は、理想に近かったといえる。

 

あと、すこし離れた秋葉原に、ユニークなデザインの神輿のようなものが控えている。

じんべいざめ神輿。

東京芸大の学生さんたちがつくったもので、このあとの仮装行列グループの一員として宮入してくるようだ。

江戸時代にはこのような仮想がいちばん人気だったそうだから、

神田祭は、神輿を担ぐ祭であるとともに、アメリカのハロウィン行列のような自由奔放さももっていたようだ。

すばらしい!