きょうの神田須田町交差点の一句はこれだ。

 

 

神田須田 百年前は 中心地?

 

 

神田須田町は、むかしは神田連尺町という名前だったようだが、江戸時代から昭和時代にかけて、江戸・東京の中心地であったようだ。いまでいえば、銀座、新宿、渋谷といったあたりか。

ウィキペディアではこう説明している。「江戸時代には道が八方から集まることから「八つ小路」と呼ばれ、神田川や日本橋川などの運河にはさまれた交通の要所であった。明治時代以降は、現在の地下鉄大手町駅に匹敵する都電の一大ターミナルとして発展した」。

しかし、いま、神田須田町の、中央通りと靖国通りがまじわる交差点に立っても、その中心地としての名残は感じられない。前回は、この神田須田町のビルの谷間にみられるいくつもの老舗飲食店にたちどまったが、それらを確認出来てようやく中心地らしかったと想像できる。