小伝馬町、大伝馬町の南側は、「日本橋堀留町」という。

名前の通り、江戸時代はいくつかの川が流れる運河の町だった。

この堀留町の南はかつて小舟町と言っていた。

浅草の象徴である大門下の小舟町大提灯はこのまちから寄贈されたものだ。

 

この堀留町。ぶらぶら歩くと実に興味深い。

事業所ビル、マンションビルが混在して立ち並び、

その間の区民館の公園に行くと子供たちの遊びまわる声が1日中こだましている。

このあたり、実は、日本屈指の人口増地域なのだ。

 

事業所ビルやマンションの1階には、

江戸時代や明治時代から続く和紙屋、つげ櫛屋、扇子屋、和菓子屋などがいまも店を開けている。

もちろん真新しく飾り直して。

その間間には、ちょいとしゃれた服飾品、雑貨の小さな店もあり…

 

さらに。「スタンド」が多いことに気づく。

「スタンド」とは、小さくて、立ち飲み食い、腰かけ椅子に尻を載せての飲食、をする店だ。料金前払いを意味するキャッシュオンデリバリーの店もある。

ちなみにこの写真の「ラムちゃん」は、最近まで「ちょっぷく」という前金制の居酒屋で、

何度か利用したことがある。

 

時折、居住している外国人も歩いている。

 

ここは新しい東京の姿を体現している街のようだ。

 

この堀留町のランドマーク(いまやそうともいえないが)は「椙森神社」。

「すぎのもりじんじゃ」と読む。

やたらと由緒がある。江戸の神平将門を討った「藤原英郷」、江戸の創始者「太田道灌」といった超大物が頼った神様なのだ。

江戸時代は「富くじ」で有名だったらしい。