あるアーティストと何の予備知識もなく偶然に出会って、彼、彼女のファンになることがある。そういう出会いは幸運であり、幸福である。
昨年3月1日
メトロポリタン歌劇場(MET)のライブビューイングで"Wozzeck"を鑑賞した。
ベルクのオペラを見るのはその時が初めてだった。現代オペラだし、眠くなるかもしれない、という予想のもとに映画館に足を運んだ。
コロナの影響もあってか、思った以上にサロンは空いていた。
それまでに、METのライブビューイングは30本以上見ていただろうか。
しかし、これほどの緊張感をもって観賞したものはなかった。楽しいとか、感動したというのではない。ただ緊張した。サスペンス性の心理劇を見た時の感覚。90分があっという間だった。
***********************************
指揮:Yannick Nezet Seguin
演出:William Kenbridge
ヴォツェック:Peter Mattei
マリー:Eliza van den Heever
**************************************
舞台は、おそらく、二つの大戦間のドイツ。ちょうど、ベルクがヴォツェックを初演した頃。
舞台に、暗くて不気味な映像が広がる。毒ガスのマスク、軍人の肖像、初期の映画でロボットのようにギクシャク動く人、直線、など。人々が毒ガスのマスクをつけていたり、子供の人形がマスクをつけていて不気味。
ウィリアム・ケンブリッジの演出が無調性の音楽と非常にマッチしている。
ペーター・マッテイ(Peter Mattei)が素晴らしかった。
初タイトルロールというが、役になり切っていた。大柄で誠実な印象、小市民的。マリーと子供のために、人体実験に協力している。声量があるのに、声を張り上げる感じは一切なく、極めて自然。
このオペラは歌うというよりも、語り、嘆き、叫び、苦しみ、悶える。無調性音楽だが、マッテイのどこか暖かいバリトンに救われる。
後日、ストリーミング放送で、再度見る機会があったが、やはり素晴らしい舞台だと感じた。音楽、演出、歌手陣が調和し、相乗効果を挙げた舞台。
いつか、別な演出、別な歌手でもぜひ聴いてみたい。私の直感があたっているかどうか確認するために。
*********************************
マッテイは有名なバリトン歌手らしいが、何しろオペラ歴の浅い私は、寡聞にして知らなかった。
その後、METのストリーミング配信で、ペーター・マッテイの映像をいくつか見た。
長身から繰り出される、深く柔らかい声。気負わず、極めて自然。
・フィガロ:「セビリアの理髪師」
・ヴォルフラム:「タンホイザー」
・アモルファス:「パルジファル」
・オネーギン:「エフゲニー・オネーギン」
・アルマヴィーヴァ伯爵:「フィガロの結婚」
全部よかったけど、アモルファスがとりわけ心に残った。
癒えることのない脇腹の傷を負って、死ぬこともできない。祭祀の儀を行うたびに血が噴き出す。やり場のない苦しみや後悔がない交ぜになった感情を、切々と、かつ淡々と歌う。
彼は、METの2021-22シーズンに、「Don Giovanni」でタイトルロールを歌うはずだった。しかも映画館で放映される予定だったのに、コロナの影響で中止になってしまった。
残念至極
ペーター・マッテイの関連記事です。