あるアーティストと何の予備知識もなく偶然に出会って、彼、彼女のファンになることがある。そういう出会いは幸運であり、幸福である。

 

 

昨年3月1日

 

メトロポリタン歌劇場(MET)のライブビューイングで"Wozzeck"を鑑賞した。

 

 

 

ベルクのオペラを見るのはその時が初めてだった。現代オペラだし、眠くなるかもしれない、という予想のもとに映画館に足を運んだ。

 

コロナの影響もあってか、思った以上にサロンは空いていた。

 

 

それまでに、METのライブビューイングは30本以上見ていただろうか。

 

しかし、これほどの緊張感をもって観賞したものはなかった。楽しいとか、感動したというのではない。ただ緊張した。サスペンス性の心理劇を見た時の感覚。90分があっという間だった。

 

 

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指揮:Yannick Nezet Seguin

演出:William Kenbridge

ヴォツェック:Peter Mattei 

マリー:Eliza van den Heever

 

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舞台は、おそらく、二つの大戦間のドイツ。ちょうど、ベルクがヴォツェックを初演した頃。

 

 

舞台に、暗くて不気味な映像が広がる。毒ガスのマスク、軍人の肖像、初期の映画でロボットのようにギクシャク動く人、直線、など。人々が毒ガスのマスクをつけていたり、子供の人形がマスクをつけていて不気味。

 

ウィリアム・ケンブリッジの演出が無調性の音楽と非常にマッチしている。

    

 

ペーター・マッテイ(Peter Mattei)が素晴らしかった。

 

初タイトルロールというが、役になり切っていた。大柄で誠実な印象、小市民的。マリーと子供のために、人体実験に協力している。声量があるのに、声を張り上げる感じは一切なく、極めて自然。 

 

 

このオペラは歌うというよりも、語り、嘆き、叫び、苦しみ、悶える。無調性音楽だが、マッテイのどこか暖かいバリトンに救われる。

 

 

後日、ストリーミング放送で、再度見る機会があったが、やはり素晴らしい舞台だと感じた。音楽、演出、歌手陣が調和し、相乗効果を挙げた舞台。

 

 

いつか、別な演出、別な歌手でもぜひ聴いてみたい。私の直感があたっているかどうか確認するために。 

 

 

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マッテイは有名なバリトン歌手らしいが、何しろオペラ歴の浅い私は、寡聞にして知らなかった。

 

その後、METのストリーミング配信で、ペーター・マッテイの映像をいくつか見た。

 

長身から繰り出される、深く柔らかい声。気負わず、極めて自然。

 

・フィガロ:「セビリアの理髪師」

・ヴォルフラム:「タンホイザー」

・アモルファス:「パルジファル」

・オネーギン:「エフゲニー・オネーギン」

・アルマヴィーヴァ伯爵:「フィガロの結婚」

 

 

全部よかったけど、アモルファスがとりわけ心に残った。

 

癒えることのない脇腹の傷を負って、死ぬこともできない。祭祀の儀を行うたびに血が噴き出す。やり場のない苦しみや後悔がない交ぜになった感情を、切々と、かつ淡々と歌う。

 

 

 

 

 

彼は、METの2021-22シーズンに、「Don Giovanni」でタイトルロールを歌うはずだった。しかも映画館で放映される予定だったのに、コロナの影響で中止になってしまった。

 

 

残念至極えーんえーん 

 

 

 

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