あきらめない信念の人 | TAC社員のブログ

TAC社員のブログ

TAC社員ブログは4月14日を最後に当社HP内で更新することになりました。これまで長年に渡りご愛読いただいた皆さま、誠に有難うございました。
4月24日より当社HPにて引き続きご愛読いただきますよう、何卒よろしくお願い申しあげます。



年頭に賀状やメールなどで旧知の人を確認した方も大半かと思います。
自分も連絡さえしてなかった中学の同級生や接点が賀状だけの高校の同級生と
一歩前進したやりとりができました。

そんな今月第2週くらいの中日スポーツにこれまた懐かしい名前を発見しました

その人の名前は「小林 亮寛」

ご存知なら、よっぽどの野球ファン
福岡出身、PL高校卒業後ドラフト6位で千葉ロッテマリーンズに入団
1軍登板の機会のないまま5年後退団

2003年より中日ドラゴンズで打撃投手を務める

自分と面識(といっても職業上だが)ができたのは、
この打撃投手に転じた2003年からです。

前回の担当ブログかな、自分は球団の拠点で以前勤務してたって書きました。
その時期の話です。

ロッテから若い打撃投手が入ってきた、それが「小林投手」
(登録名は亮寛だったな)

それまで接触のあったセ他球団含めた選手の多くと違い
「物腰の低い人当たりの良い選手」が第一印象。
(パ・リーグの選手はホント人当たりが良い印象。
 渡米できずに1年ドラに在籍したストッパーで
 ヨッシャー!の大塚投手も普段はホント気さくな人だった)

亮寛投手は、試合当日の練習前からウォーミングアップを
スタンドでのランニングや階段の上り下りでしっかり行っていました。
当時の自分の同僚が
「試合で自分が投げるつもりかよ」と揶揄するくらいだった。

確かに20代前半(高卒ゆえプロの環境や体になれた頃)での
現役引退は早いし、1軍マウンドで1回も投げてないなら心残りもあったでしょう。
「チャンスがあれば」「トライアウトのために」という思いもあったかも知れません。

自分は04年9月より現職でお世話になりましたので
その後、亮寛投手がどうなったかわかりませんでした。
裏方仕事なのでニュースや記事にも出ることは、まずありません。
どうされてるのかホント気にしていました。

そんななか今月の中スポで亮寛投手の活動が短期連載で紹介されていました
要約すると05年までドラで打撃投手を務め
06年からアメリカ独立リーグ
07年には四国アイランドリーグ
08年からは台湾・兄弟エレファンツで
10年よりメキシコ
11年には米マイナーリーグAAA相当のメキシカンリーグで
それぞれ活躍をしていたとのこと。

今は新天地を求める立場とも
ブログによると国内トライアウト後にある球団から声がかかり、
 嬉しかったが、現役への思いがあり丁重にお断りしたとのこと


いや、まあ、とにかく嬉しかった。
ひたむきに練習していた姿を見ていたので
異国中心とはいえ現役復帰していたなんて嬉しいじゃないですか。

今年33歳、もう一花咲かせられるんではないかな。
心より応援していきます

そんな熱い彼のブログはここ
「KOBE力」「国境なき海を泳げ」などは
彼の信念を感じますし自分自身励ましになりました。

7F西の人 B