前回の更新から、2週間以上あいてしまいました。
毎週末の更新が目標です。


今週は、ヴィンテージのティーカップです。
(100年以上経っているものがアンティーク、
それより短いものはヴィンテージと呼ぶそうです。)


食器に心癒されて-ロブジュカップ


焼かれたのはフランス、リモージュ。
デザインは、ロブジュRobj。

Robjは、デザイナーの名前でもあり、
(本名はジャン・ボルンJean Born)、
彼のスタジオの名前でもあります。
なお、「Robj」は、
本名をアナグラムにしたものだそうです。



食器に心癒されて-ロブジュ窯印

洋食器の世界に、着実に一歩、二歩と踏み込んでいっていましたが、
このカップは、はじめてアンティーク屋さんで購入したという点で、
さらなる一歩(第4歩)といえます。

初アンティークを購入したのは、
普段は現代の食器を扱っているお店の、短期間のフェアでした。
(11/23のブログ→ 


いったい、「アンティーク屋」なるものが、
どこにあるのやら、当時は全然知りませんでした。

そもそも、アンティーク屋というと、
なんだか小難しい顔をした年配のご主人がいて、
一見さんお断りの、敷居の高ーいところ、
というイメージでした。


本当に偶然、銀座ファイブの2階に、
アンティーク屋さんがいくつもあるのを見つけました。
ここにアンティーク屋さんがあったのかー、という感じでした。


初アンティークの、白地に金彩のセーヴルがすっかり気に入っていたので、
銀座ファイブのひとつのお店にディスプレイされていた
この白地に金彩のカップが目に留まりました。



食器に心癒されて-ロブジュカップ2


後から知るのですが、ラリックで有名な「グリシーヌ」というお店です。
とても親切なご主人で、
私のアンティーク屋の主人のイメージを大きく覆していただきました。


このカップ、凱旋門の絵が描かれています。
他に、3種類、他のパリの名所が描かれたカップとセット?だったそうで、
他はすでに売れてしまったそうです。
作られたのは、1930年ころというお話だったように記憶しています。



食器に心癒されて-ロブジュカップ内側


このカップの絵、写真や映像でしか知らない、
70年くらい前のパリの雰囲気を、確かに漂わせているような気がして、
すっかり気に入って購入してしまいました。


戦争も含めて、長い年月をくぐりぬけて、
いまここに残っている美しいカップ。


普段の生活で意識するのは、せいぜい何年単位の範囲だったと思います。
それが、アンティークやビンテージに触れることで、
もっと長い時間、もっと広い空間を意識することができるのだと思います。


そして、長い時間、広い空間を意識した上で、
本当に美しいもの、本当に大切なものを、
考えることができるような気がします。

それは、きっと「今」の自分の生活を豊かにするために、
とても大切なことでもあるのでしょう。


アンティークそのものもそうですし、
この後お会いする、たくさんのアンティーク屋さんからも、
このことを教わったように思います。

こんばんは。
今週は、フランスのジアンGien窯の、
オワゾ・ドゥ・パラディoiseaux de paradis
(極楽鳥)
というシリーズのマグカップとシュガーポットです。


食器に心癒されて-ジアンカップとSポット


この絵柄、本で見て気にいっていました。
恵比寿駅の近くにあった、
小さな輸入食器屋さん(今はもう無くなりました)
で見つけて、
シュガーポットとマグカップを買いました。


陶器の厚みと、クリーム色にカラフルな色、
シンプルな線で描かれた草花、
そして、どこかコミカルな極楽鳥。
なんとも言えない温かみを感じさせてくれます。


マグカップは毎日使っています。
小さなカケをつけてしまったのですが、
それも自分のマグの印のようで愛着がわきます。

現在売られているものは、

ハンドルの形が変わったようです。

この丸いハンドルが持ちやすいです。


シュガーポットはしまっていますが、
ふたの持ち手のデザインもなかなか面白いです。



食器に心癒されて-ジアンSポット


それまで、洋食器といえば、

身近な日常から、どこか遠くの非日常へと、
気持を連れていってくれる、

「あこがれ」の対象でした。


もともとが貧乏性とでもいいましょうか。
「今がまんして、いつか成功する」
「普段は切りつめて、いつか素晴らしいものを手に入れる」
そんな考え方が身についていたと思います。


ベルナルドやセーヴルを手に入れたとしても、
それらは、日常の暮らしとは切り離されていたように思います。
ときどき取り出したベルナルドは、
華やかな空気を一時的にかもしだしてくれたとしても、
やはりそれは非日常という位置づけでした。


豊かな生活というものは、
いつかやってくる大きな成功によってもたらされるのではなく、
日々の生活の、小さな場面ひとつひとつが、
手がかけられ、色どりと温かさに満ちていること、
それが積み重なっていくことで、
実現されるものなのだ。
そう気づかせてくれたのは、このジアンのカップかもしれません。


やがて、ベルナルドも日常に取り入れ、
「あこがれ」と「日常」が、
だんだんと接近してきていると思います。
(セーヴルは今も「あこがれ」の位置ですが・・・)


仕事に対する態度も、洋食器との付き合いを経て、
徐々に変ってきたように思います。
「いつか」のために今をがまんするのではなく、
今をていねいに積み重ねていくこと。

少しずつ、身につけていきたいものです。


食器に心癒されて-ジアンカップ

この極楽鳥、「まあのんびりいきましょう」

そんな雰囲気を感じます。


窯印もきれいです。

食器に心癒されて-ジアン窯印

週末に更新できませんでした・・・。2日遅れで更新です。


サラリーマンを辞めて大学に戻ったと書きましたが、
2回目の大学生活も終わり、運良く就職することができました。


仕事は大変でしたが、月給をいただけるようになったことで、
洋食器の購入にもより前向きになりました。


銀座にあった輸入洋食器専門店「イストワール」
(今はなくなってしまいましたが)をたずねたとき、
たまたま、「セーヴル」のフェアがひらかれていました。

現行品のほか、アンティークも数多く展示販売されていました。

「セーヴル sèvres」は、本で見て知っていましたが、
本に載っていたのは、瑠璃色に金彩の小花を散らしたカップくらい、
しかも他の窯のものとは値段がひと桁違うので、
それほど興味は持っていませんでした。


しかし、その時、ひと目みて心うばわれたのが

このセーブルのカップです。



食器に心癒されて-ディメールモノグラム


食器に心癒されて-ディメール


「ディメール」という名のシェイプ(形)のティーカップ。
ややクリームがかった白磁に、金彩の縁取り。


とくに魅かれたのが、ハンドルです。
カップの高さを越えた優雅なカーブ。



食器に心癒されて-ディメールハンドル


他にも、カップの縁のわずかな反りや、
ソーサーの立ち上がりなど、
「かたち」のすばらしさにすっかり魅了されました。


わずかな金彩だけなのに、圧倒的に優雅。
「かたち」はすごい!
そのことに目を開かされました。


このカップ、製磁が1898年、金彩が1899年であることが、
窯印からわかります。


食器に心癒されて-ディメール窯印

100年前に確かにこのカップは存在していたのかあ・・・と、
100年前のフランスが急にリアリティを帯びて想像できるようになります。


例えば、ドビュッシーやラヴェルが生きていたころに、
このカップも居たのだなあと思うと、
自分とはまったく関わりの無かった遠い昔の遠い国が、
このカップを通じて、自分と関わりを持つような気がします。


形ってすばらしい、アンティークってすばらしい。
そう思わせてくれたのが、このセーヴルのカップです。

洋食器の世界へ、第3歩を踏み出すことになりました。

とはいえ、宮殿でいうなら、まだ3部屋目。
まだまだ想像もできないほど広い世界が待っていることを、
後に知ることになるのでした。
(出費とともに・・・)