こんにちは。


さて、次はどの食器について書こうかなあ、

と棚を見ていたら、

大学で上京するときに持ってきた

カレー皿に目がとまりました。


食器に心癒されて-カレー皿黄



しばらく出番なく、しまわれたままでした。
形状からするとスープ皿なのでしょうけど、

私には「カレー皿」。

高校生までは実家で、

大学でひとり暮らしをしていたアパートで、

これでよくカレーライスを食べたものです。


最近はスパイシーな食べ物が苦手になってしまって、

カレーライスを食べる機会もすっかり無くなったのですが、

高校生までは好物のひとつでした。


おいしそうなカレーライスが、

いつも盛りつけられていたのがこの皿です。



食器に心癒されて-カレー皿黄アップ


久しぶりに手にとってみた、このちょっと厚手の陶器。
手によくなじみ、ずっしりと安心感のある重みでした。
長年使われてきた、たくましさをただよわせています。

この皿を見て、

中学高校の頃住んでいた社宅の食卓が、

頭によみがえりました。

実家は何度か引越しているので、

自分がかつて暮らした社宅の食卓を

再び見ることはもう無いのですが、

この皿を見ると、その光景が目に浮かびます。

すばらしい食器というと、

高級品やアンティークばかりが思い浮かんでいました。

思春期の時期を共にしたこのカレー皿、

高級品ではないけれど、

形もデザインもシンプルで、

なかなかに良いものだなあと思います。


食器に心癒されて-カレー皿緑


窯印は、「tono china」とあります。

調べてみると、岐阜県にある、

東濃陶器、という会社のものかもしれません。

あるいは、東濃地方のほかの会社でしょうか。



食器に心癒されて-カレー皿窯印


同じ普段使いのものでも、

洋服や靴、文房具などは、

あまり長くは使い続けられないものが多いでしょう。
こうして長い年月を経て、

遠い昔を思い出させてくれるのも、

食器の魅力だなあと思います。

久しぶりに、この皿で、

カレーライスを食べてみたい気になりました。
でもスパイシーなものはやっぱり苦手なので、

「カレーの王子様」ですかね。
(販売されているのでしょうか)


こんばんは。


今日はセーヴルのティーカップです。



食器に心癒されて-ばらCS


磁が焼かれたのが、カップ1861年、ソーサー1872年。
検品で不合格だったようで、窯印が削られています。
絵付けは1872年以降、1880年代くらいでしょうか。



食器に心癒されて-ばら窯印


ごく簡単にセーヴル国立製陶所について。

1740年にパリ郊外ヴァンセンヌで製陶を始めた製陶所が、
その後フランス王室の援助を受け、
1756年、ポンパドール夫人の提案でセーヴルに移され、
1759年には、フランス王立製陶所となります。
1789年のフランス革命では一時窮地に陥りますが、
ナポレオンの治世で製陶所は繁栄の時代を迎えます。
その後も、ルイ・フィリップ、ナポレオン3世の時代を経て、
1871年、共和制にともない、製陶所は国有化されます。
1929年の世界恐慌の時には、製陶所も財政危機に陥りますが、
その後も国立製陶所として現在に至ります。
(東京都庭園美術館「アールデコ様式のセーブル磁器展」1993年 より)


さてこのカップ。
水色の地に、ばらの絵がとても丁寧に描かれています。



食器に心癒されて-ばらC



カップにもソーサーにも、写実的なばらの絵が、
ぐるっと一周描かれています。


食器に心癒されて-ばらS


写実的でありながら、同時にデザイン的。
地に占める絵の割り合いが多すぎない。
なんとも絶妙だなあと思いました。


絵画でもないのに、ティーカップという食器に、
これだけのデザインと絵付けを施されていることに驚きました。


もちろん王立製陶所ですから、それ相応の人が注文したのでしょうか。
ティーカップという食器も、とても特別なものだったのでしょう。

それにしても、ティーカップに注ぎこまれた作り手の熱意。
「美しい」といことが、いかに尊重されていたかを思わされます。



食器に心癒されて-ばらSアップ


アンティークにせよ現代のものにせよ、
質の良いものに触れるようになって、
だんだん、自分が普段使っている物に無頓着であることに気づかされ、
しだいに、身近なもののデザインや材質に意識が向くようになりました。


以前、著書『美的のルール』を紹介した、
加藤ゑみ子さんの『もっと素敵な良質生活』から引用します。


「今は違っていても良質な生活を望む人であれば、
たまたま目にとまった上等の美しいテーブルクロスに魅せられて、
それにふさわしい食事の行為がその人の生活行為の中に
取り入れられていくことになっても不思議はないでしょう。
そのとき、その人は、良質な生活への一歩を踏み出したことになります。」
(27ページ)


もっと素敵な良質生活/加藤 ゑみ子

¥1,260
Amazon.co.jp

このセーヴルにせよ、前回ご紹介した銀のスプーンにせよ、
はじめは、自分の生活に明らかに不釣り合いでした。
(なにせ、セーヴルは「王立」ですし…)

しかし、これら小さいけれどもすごい物を起点として、
「良質」が、生活のさまざまな場面に、すこーしずつ広がっている気がします。
良質な物の持つパワーです。


こんばんは。


前回は、ジュエリー経由で銀器にいざなわれたたことを書きました。


銀のスプーン、

場所もとらず、落としても壊れないので、

陶磁器より扱いが楽です。


主にフランスの1900年前後のものが好みで、

1本ずつ買うようになりました。


買い始めの頃は、ケースなどに入れて、

ときどきデザインをながめているだけだったのですが、

(ひとりでケースをあけてながめている姿は

結構あやしいです…)

アンティーク屋さんたちからは、

「使った方がいいですよ」

と、よく言われていました。


ためしに、いくつか普段使いにしていると、

確かにいいのです。


クローバーのデザインのティー・スプーン。



食器に心癒されて-クローバースプーン


食器に心癒されて-クローバースプーン茶葉


少し大きめなので、

紅茶や日本茶の茶葉をすくうのに使っています。



食器に心癒されて-クローバースプーン付け根


柄やボウルの付け根のデザインも凝っていて、

今まで何でもなかった「茶葉をすくう」という

小さな行為が、楽しいものになりました。

Ernest Combeau というメーカー(1914-1924)作です。


こちらは、ジャムスプーン。



食器に心癒されて-金ジャムスプーン


夏は、水ようかんを食べるときに活躍しました。



食器に心癒されて-金ジャムスプーンボウル



食器に心癒されて-金ジャムスプーン付け根


デザインがシンプルなので、

和風の皿でも合うような気がします。


水ようかん、

昔は付属のプラスチックのスプーンを

使っていたこともありました…


お皿とスプーンも楽しみながら食べると、

いっそうおいしく感じられます。

メーカーは、Prudent Quitte(1882- )


もうひとつ、

銀メッキ(silver plate、 métal argentè)の

ケーキ・フォーク。


食器に心癒されて-あざみフォーク




食器に心癒されて-あざみフォーク柄


コンビニのバウムクーヘンやパウンドケーキも、

これで食べるとずいぶん気分が違います。

メーカーは Boulenger(1899- )


銀器は、デザインもよく、

持った時の重みや手触りも手になじむので、

1つ1つの行為に意識が向けられ、

何気ない生活行為が丁寧になるように思います。

考えてみれば、人生は一瞬一瞬の積み重ねで

出来ているわけですから、

ささいなことも、丁寧に味わうことが

大切だなあと思います。


まあ何より、単純に楽しいし、ほっとします。


もちろん、それは銀器を使わなくても可能なことなのですよね。


私は銀器に教えてもらいました。