原水爆禁止2012年世界大会-広島② | アニ・トレ!

原水爆禁止2012年世界大会-広島②

アニ・トレ!-開会総会

 2012年8月4日、広島県立総合体育館・グリーンアリーナで、開かれた開会総会には、海外代表と国内全国から集まった代表団併せて6,800人が参加しました。


 開会宣言に立った全労連の大黒作治議長は・・・

 今年の世界大会は、核兵器禁止交渉開始の新たな国際世論の高まりの中で開催されます。

 国連加盟国の7割が核兵器禁止条約の即時交渉開始を支持し、世界中のNGO組織も核兵器禁止条約の交渉開始を要求しています。

 2015年のNPT再検討会議に向けた第1回事務会合では、ノルウェー、スイスなど16ヵ国が核軍縮の人道的側面に関する共同声明を発表し、核兵器の非人道性が改めて強調されています。

 私達が昨年から開始した新アピール署名は、210万を超え、原爆展も600ヵ所を超えて取り組まれています。

 その取り組みに弾みをつけるため、今年の世界大会も大きく成功させようではありませんか!


 と発言されました。


 続く主催者報告では、8月2日から4日午前中まで開かれた国際会議の報告を、「国際会議宣言」に基づいて報告。


 来賓あいさつでは、広島市長と日本被団協代表委員が舞台に立ちました。その発言の一部を紹介します。

広島市長 松井一實 氏

 1945年8月6日、一発の原子爆弾により広島の町は一瞬にして壊滅し、その年の暮れまでに約14万人の尊い命が奪われました。

 住み慣れた町を奪われ、大事な家族や友人を失った被爆者、そして広島市民の心と体の痛みは筆舌に尽くせるものではありません。

 あれから67年の歳月が流れております。当時、75年は草木も生えぬと言われるほど破壊つくされた広島の町。

 この町を、心と体の痛みに耐えて復興させ、自らの体験を語り、核兵器廃絶を訴えつづけてきた被爆者の高齢化が着実に進んでいます。

 広島市では、今年度新たな事業として被爆者の体験や平和への思いを受け継ぎ、広く伝えるために被爆体験伝承者の養成を始めました。

 それは、広島市民の悲願である核兵器の廃絶が、次世代、世界の人々が被爆者の体験や平和への思いを胸に刻み、核兵器廃絶の思いに共感して共に行動するという大きな循環が生まれてこそ実現できると確信しているからです。

 また、本市は、核兵器廃絶の思いを更に多くの人々と共有するため、長崎市と共に2020年までの核兵器廃絶を目指し、世界の5300を超える都市が加盟する世界平和市長会議の輪を広げることに、更に力を注ぎたいと考えています。

 来年の夏には、広島で平和市長会議の総会が開催され、再来年の春には我が国をはじめ10の非核国の外相が核兵器廃絶を議論する軍縮・不拡散イニシアティブ(NPDI)が開催されます。これも被爆地において被爆の実相と平和の意義を伝え、核兵器廃絶の思いを共有するため具体的な行動の一つと位置づけています。

 皆様にも広島で被爆の実相に触れ、広島の決意を新たにしていただきたいと思います。その思いは、必ず世界中にひろがり大きな力となり、核兵器のない平和な世界の実現につながると確信しております。


日本被団協代表委員 坪井直 氏

 (原爆が落とされ、爆心地から約1kmのところで被爆した自らの体験が話され、様々な活動に参加しながら、生きている間に核兵器がなくなることを信じていると訴えられました。また、被爆した際に目の当たりにした苦い経験として次のことが話されました。)

 軍隊が軽トラで救護活動を始めたんです。10人乗れるかどうかと言う小さな軽トラです。

 仮治療所に運ばれるとき、軍人は大きな声で「このトラックに乗れるのは若い男性だぞ!その他のものは後回しだ!」と叫びました。

 戦争に役立つ若い男性だけ乗りなさい。助けましょうという状況を見聞きしとるんです。

 おそらく、小学校1~2年生の女の子です。「後回しだ」と言われても分からないから軽トラに乗ろうとしてた。

 そこへ「こら-!」と怒られて、その女の子は泣き出し、彼女は火の燃える町の中へ入って行ったんです。

 私はそれを見送ることしかできなかった。私は、もう立つことすらできなかったんです。せめて生き残って欲しいと思う以外になかったんです。よう助けられなかったんです。

 戦争に役に立つ人だけに人権を認める。そんなことがこの世にあっていいのでしょうか!


 この大会には、何人もの海外政府・国際機関代表も参加しています。

 開会総会では、駐日キューバ大使、駐ジュネーブ国連マレーシア代表部常駐代表・軍縮大使、駐日ノルウェー公使参事官の3人が壇上であいさつに立ちました。

 ここでは、駐日キューバ大使の発言の一部を紹介します。

 

ホセ・アグスティン・フェルナンデス・デ・コシオ・ロドリゲス駐日キューバ大使

 1946年8月24日に国連総会で採択した決議第1号は、原子力の発見で新たにもたらされた問題を研究する委員会の設立を要請し、第5段落で各国の軍備から原子兵器その他大量殺戮を起こすあらゆる兵器を廃絶するよう呼びかけました。

 国際社会は、60年以上前から核兵器のない世界を求め、呼びかけていたのです。

 多国間協調主義こそ、軍縮と不拡散の分野で永続する成果を達成する唯一の道です。

 非同盟運動は、遅くとも2025年までに核兵器の完全廃絶と禁止を目指し、段階的に削減していく具体的なスケジュールを打ち出しています。

 2011年5月にインドネシアのバリで開催された第16回閣僚級会議では、核兵器の完全廃絶に関する宣言を採択し、核兵器廃絶の方策と手段を決定するための国際会議を招集する取り組みを再確認しました。

 非核地帯の創設は、軍縮と核不拡散を目指す取り組みに大きく貢献します。

 ラテンアメリカとカリブ海に非核地帯を設置したトラテロルコ条約は、世界の他のチームが後に続く道を開きました。

 中東に、できるだけ早期に非核地帯を創設しなければなりません。

 この地域に反対しているのはイスラエルだけです。非核地帯が実現すれば、紛争と核拡散の脅威が減り、NATOの軍事介入という危機に直面している中東地域で永続的な平和の実現に貢献するでしょう。

 2011年12月3日、ラテンアメリカカリブ海諸国共同体(CELAC)は、核兵器の完全廃絶に関する特別宣言を採択し、全面的かつ検証可能な核軍縮は重要であり、最大の優先事項であることを再確認しました。

 核不拡散条約の操作をやめさせなければなりません。二重基準と政治的利益から特権を持つ国々は、核兵器の改良をつづける一方、途上国に対しては原子力の平和利用の権利を侵害しようとしています。

 核抑止力の概念は、核軍縮に貢献するどころか永久保有を奨励するものです。

 主要な核保有国が戦略核兵器削減協定を結んだことは積極的ではありますが十分ではありません。

 後戻りできず、検証可能な透明性ある方法で、核兵器の完全な廃絶につながる具体的な措置を進めなければなりません。


 このあと、各団体や海外代表から活動報告や訴えが行われるのですが・・・すんません、時間の都合で次回に回します。

 しかし、もっとはしょらないと、最後まで書けないなぁ。要再検討!

 ということで、今日はここまで!

 (まぁ、ここまで読んでる人はいないか(笑))