リサイタルにお越しくださいました皆さま、あらためてまして、お忙しいなか足を運んでくださり、本当にありがとうございました。m(__)mm(__)m
反省点は尽きないのですが、暖かく見守ってくださり、ただただ感謝しかございません…(;_;)
終演後、来てくれた両親と食事、父が話していたのですが、職業的には芸事とは全く無縁なうちの家系ながら、父の兄、つまりおじさんはあちこちでお祭りの躍りの振り付けを教えに行くような人物だったそうで、姉、おばさんもまた、幼い頃から「門付け」という方々の家を回る形で、躍りで旅回りをしていたそう。共に亡くなりましたが、自分にもそんな血が入ってるのかな、と思ったりいたしました。
ちなみにおじさんの本職は「物書き」で子供の頃、その膨大な蔵書を眺めたり、手に取ったりしていると、寡黙なおじがちょっぴりうれしそうだったのを思い出します。いま自分が少し書くことをやらせていただいていることを、おじは草葉の影から喜んでくれているでしょうか…。
この日、バンド、共演の皆さま、はてはお客さまから「純さんのお父さんから、おかめの躍りを教わった」という方が続出しました。(^^;父もまた、なぜか「おかめの躍り」には一家言もつ男であったりします。近く近所の子供たちに教える役を授かったのだとか。めでたし、めでたし…。
話はそれましたが、そんなわけで自分も、生来自閉的で、愚図で、こんなへにょへにょ人間なのですが、ずっと芸事を探究して生きていくのかな、それが定めなのかなと思ったりしております。m(__)m
思春期、オンタイムで珍しく感銘した歌に、槇原敬之さんの「どんなときも」があり、舞台に立つようになってから、おまじないのように心に反芻させるのは、“消えたいくらいつらい気持ち かかえていても 鏡の前笑ってみる まだ平気みたいだよ“のくだりです。鏡の自分に、あぁ、まぬけな顔してるな~と思うと、よーしだったら思いきり恥をかいてやれ、という気になれます。毎回よれよれな綱渡りのような、人を不安にさせてしまうぼくのライブなのですが、どんな形でも、ずっと続けてまいりますので、これからも、時折でも、「久しぶりにあいつのぐだぐだなさまを見届けてやるか」という気になったら、覗いてみていただけましたらさいわいです。長々と失礼しました。とにかくも本当に本当にありがとうございました。m(__)mm(__)m
今日は文化放送サテライト、皆さまにお会いできることを楽しみにしております。\(^o^)/









