雅歌 7:10 それはわたしの恋しい人へ滑らかに流れ 眠っているあの人の唇に滴ります。
7:11 わたしは恋しい人のもの あの人はわたしを求めている。
7:12 恋しい人よ、来てください。野に出ましょう コフェルの花房のもとで夜を過ごしましょう。
7:13 朝になったらぶどう畑に急ぎ 見ましょう、ぶどうの花は咲いたか、花盛りか ざくろのつぼみも開いたか。それから、あなたにわたしの愛をささげます。
7:14 恋なすは香り そのみごとな実が戸口に並んでいます。新しい実も、古い実も 恋しい人よ、あなたのために取っておきました。
8:1 あなたが、わたしの母の乳房を吸った 本当の兄だと思う人なら わたしをとがめたりはしないでしょう 外であなたにお会いして くちづけするわたしを見ても。
8:2 わたしを育ててくれた母の家に あなたをお連れして 香り高いぶどう酒を ざくろの飲み物を差し上げます。
8:3 あの人が左の腕をわたしの頭の下に伸べ 右の腕でわたしを抱いてくださればよいのに。
8:4 エルサレムのおとめたちよ、誓ってください 愛がそれを望むまでは 愛を呼びさまさないと。
詩篇 34:1 ダビデの詩。ダビデがアビメレクの前で狂気の人を装い、追放されたときに。
34:2 どのようなときも、わたしは主をたたえ わたしの口は絶えることなく賛美を歌う。
34:3 わたしの魂は主を賛美する。貧しい人よ、それを聞いて喜び祝え。
34:4 わたしと共に主をたたえよ。ひとつになって御名をあがめよう。
34:5 わたしは主に求め 主は答えてくださった。脅かすものから常に救い出してくださった。
34:6 主を仰ぎ見る人は光と輝き 辱めに顔を伏せることはない。
34:7 この貧しい人が呼び求める声を主は聞き 苦難から常に救ってくださった。
34:8 主の使いはその周りに陣を敷き 主を畏れる人を守り助けてくださった。
34:9 味わい、見よ、主の恵み深さを。いかに幸いなことか、御もとに身を寄せる人は。
34:10 主の聖なる人々よ、主を畏れ敬え。主を畏れる人には何も欠けることがない。
34:11 若獅子は獲物がなくて飢えても 主に求める人には良いものの欠けることがない。
34:12 子らよ、わたしに聞き従え。主を畏れることを教えよう。
34:13 喜びをもって生き 長生きして幸いを見ようと望む者は
34:14 舌を悪から 唇を偽りの言葉から遠ざけ
34:15 悪を避け、善を行い 平和を尋ね求め、追い求めよ。
34:16 主は、従う人に目を注ぎ 助けを求める叫びに耳を傾けてくださる。
34:17 主は悪を行う者に御顔を向け その名の記念を地上から絶たれる。
34:18 主は助けを求める人の叫びを聞き 苦難から常に彼らを助け出される。
34:19 主は打ち砕かれた心に近くいまし 悔いる霊を救ってくださる。
34:20 主に従う人には災いが重なるが 主はそのすべてから救い出し
34:21 骨の一本も損なわれることのないように 彼を守ってくださる。
34:22 主に逆らう者は災いに遭えば命を失い 主に従う人を憎む者は罪に定められる。
34:23 主はその僕の魂を贖ってくださる。主を避けどころとする人は 罪に定められることがない。
ヨハネ 6:25 そして、湖の向こう岸でイエスを見つけると、「ラビ、いつ、ここにおいでになったのですか」と言った。
6:26 イエスは答えて言われた。「はっきり言っておく。あなたがたがわたしを捜しているのは、しるしを見たからではなく、パンを食べて満腹したからだ。
6:27 朽ちる食べ物のためではなく、いつまでもなくならないで、永遠の命に至る食べ物のために働きなさい。これこそ、人の子があなたがたに与える食べ物である。父である神が、人の子を認証されたからである。」
6:28 そこで彼らが、「神の業を行うためには、何をしたらよいでしょうか」と言うと、
6:29 イエスは答えて言われた。「神がお遣わしになった者を信じること、それが神の業である。」
6:30 そこで、彼らは言った。「それでは、わたしたちが見てあなたを信じることができるように、どんなしるしを行ってくださいますか。どのようなことをしてくださいますか。
6:31 わたしたちの先祖は、荒れ野でマンナを食べました。『天からのパンを彼らに与えて食べさせた』と書いてあるとおりです。」
6:32 すると、イエスは言われた。「はっきり言っておく。モーセが天からのパンをあなたがたに与えたのではなく、わたしの父が天からのまことのパンをお与えになる。
6:33 神のパンは、天から降って来て、世に命を与えるものである。」
6:34 そこで、彼らが、「主よ、そのパンをいつもわたしたちにください」と言うと、
6:35 イエスは言われた。「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない。
昨夕、107歳になる姉妹のお見舞いに出かけてきた。
肺炎で入院されたが、現在は肺炎の症状は治まっているが、お医者さんの話では、もう少しかかるとのことである。
前回お訪ねした時は、ご家族もおられたし、姉妹とも少しお話もできたが、今回は、姉妹だけが眠っていて、お話しすることもできなかった。
107歳を迎えるまで、そうとう頑張って生きてこられたのだろうなあと思うと、労りや感謝のほかに、いとおしいような気持ちにもなる。
できればお話ししたかったが、仕方がない。
誰もいないわけではなく、姉妹と共に主がここにおられる、と思い、一人静かに祈りの時を持った。
姉妹に聞こえているのかどうかはわからないが、祈る相手は主なる神様。
息子さんに連れ添って入信されたから、どこまでイエス様のことが分かっているのかと思うこともあるが、彼女がイエス様を選んだのではない、イエス様が彼女を選んだのだ。
感謝しよう。
時間はかかっても、またお元気になられたら、楽しくお話しをしたいものである。