出エジプト記19章7~20節、詩篇34篇、ユダ17~25節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

出エジプト記 19:7 モーセは戻って、民の長老たちを呼び集め、主が命じられた言葉をすべて彼らの前で語った。
 19:8 民は皆、一斉に答えて、「わたしたちは、主が語られたことをすべて、行います」と言った。モーセが民の言葉を主に取り次ぐと、
 19:9 主はモーセに言われた。「見よ、わたしは濃い雲の中にあってあなたに臨む。わたしがあなたと語るのを民が聞いて、いつまでもあなたを信じるようになるためである。」モーセは民の言葉を主に告げた。
 19:10 主はモーセに言われた。「民のところに行き、今日と明日、彼らを聖別し、衣服を洗わせ、
 19:11 三日目のために準備させなさい。三日目に、民全員の見ている前で、主はシナイ山に降られるからである。
 19:12 民のために周囲に境を設けて、命じなさい。『山に登らぬよう、また、その境界に触れぬよう注意せよ。山に触れる者は必ず死刑に処せられる。
 19:13 その人に手を触れずに、石で打ち殺すか、矢で射殺さねばならない。獣であれ、人であれ、生かしておいてはならない。角笛が長く吹き鳴らされるとき、ある人々は山に登ることができる。』」
 19:14 モーセは山から民のところに下って行き、民を聖別し、衣服を洗わせ、
 19:15 民に命じて、「三日目のために準備をしなさい。女に近づいてはならない」と言った。
 19:16 三日目の朝になると、雷鳴と稲妻と厚い雲が山に臨み、角笛の音が鋭く鳴り響いたので、宿営にいた民は皆、震えた。
 19:17 しかし、モーセが民を神に会わせるために宿営から連れ出したので、彼らは山のふもとに立った。
 19:18 シナイ山は全山煙に包まれた。主が火の中を山の上に降られたからである。煙は炉の煙のように立ち上り、山全体が激しく震えた。
 19:19 角笛の音がますます鋭く鳴り響いたとき、モーセが語りかけると、神は雷鳴をもって答えられた。
 19:20 主はシナイ山の頂に降り、モーセを山の頂に呼び寄せられたので、モーセは登って行った。

詩篇 34:1  ダビデの詩。ダビデがアビメレクの前で狂気の人を装い、追放されたときに。
 34:2 どのようなときも、わたしは主をたたえ わたしの口は絶えることなく賛美を歌う。
 34:3 わたしの魂は主を賛美する。貧しい人よ、それを聞いて喜び祝え。
 34:4 わたしと共に主をたたえよ。ひとつになって御名をあがめよう。
 34:5 わたしは主に求め 主は答えてくださった。脅かすものから常に救い出してくださった。
 34:6 主を仰ぎ見る人は光と輝き 辱めに顔を伏せることはない。
 34:7 この貧しい人が呼び求める声を主は聞き 苦難から常に救ってくださった。
 34:8 主の使いはその周りに陣を敷き 主を畏れる人を守り助けてくださった。
 34:9 味わい、見よ、主の恵み深さを。いかに幸いなことか、御もとに身を寄せる人は。
 34:10 主の聖なる人々よ、主を畏れ敬え。主を畏れる人には何も欠けることがない。
 34:11 若獅子は獲物がなくて飢えても 主に求める人には良いものの欠けることがない。
 34:12 子らよ、わたしに聞き従え。主を畏れることを教えよう。
 34:13 喜びをもって生き 長生きして幸いを見ようと望む者は
 34:14 舌を悪から 唇を偽りの言葉から遠ざけ
 34:15 悪を避け、善を行い 平和を尋ね求め、追い求めよ。
 34:16 主は、従う人に目を注ぎ 助けを求める叫びに耳を傾けてくださる。
 34:17 主は悪を行う者に御顔を向け その名の記念を地上から絶たれる。
 34:18 主は助けを求める人の叫びを聞き 苦難から常に彼らを助け出される。
 34:19 主は打ち砕かれた心に近くいまし 悔いる霊を救ってくださる。
 34:20 主に従う人には災いが重なるが 主はそのすべてから救い出し
 34:21 骨の一本も損なわれることのないように 彼を守ってくださる。
 34:22 主に逆らう者は災いに遭えば命を失い 主に従う人を憎む者は罪に定められる。
 34:23 主はその僕の魂を贖ってくださる。主を避けどころとする人は 罪に定められることがない。

ユダ 1:17 愛する人たち、わたしたちの主イエス・キリストの使徒たちが前もって語った言葉を思い出しなさい。
 1:18 彼らはあなたがたにこう言いました。「終わりの時には、あざける者どもが現れ、不信心な欲望のままにふるまう。」
 1:19 この者たちは、分裂を引き起こし、この世の命のままに生き、霊を持たない者です。
 1:20 しかし、愛する人たち、あなたがたは最も聖なる信仰をよりどころとして生活しなさい。聖霊の導きの下に祈りなさい。
 1:21 神の愛によって自分を守り、永遠の命へ導いてくださる、わたしたちの主イエス・キリストの憐れみを待ち望みなさい。
 1:22 疑いを抱いている人たちを憐れみなさい。
 1:23 ほかの人たちを火の中から引き出して助けなさい。また、ほかの人たちを用心しながら憐れみなさい。肉によって汚れてしまった彼らの下着さえも忌み嫌いなさい。
 1:24 あなたがたを罪に陥らないように守り、また、喜びにあふれて非のうちどころのない者として、栄光に輝く御前に立たせることができる方、
 1:25 わたしたちの救い主である唯一の神に、わたしたちの主イエス・キリストを通して、栄光、威厳、力、権威が永遠の昔から、今も、永遠にいつまでもありますように、アーメン。

 

 

この地上において幸いな人生を歩もうと思うなら、まことの命を与えてくださる主なる神様の御声に聞き従っていくことが大切である。

しかし、神の言葉に聞き従っていくことは、ある人たちにとっては難しいことと思えるかもしれない。

地上における富や快楽、誘惑などを追い求める生き方とは、真反対の生き方のように思え、そのような人生がいったいどうして幸いな人生と言えるのかと思う人もいるだろう。

しかし、人間の欲望やこの世の富に支配された世界には、絶えず争いがあり、戦いにも発展していく。

そして、殺しあうのだ。

人間が欲に支配されたまま生き続けている限り、この世界から争いや戦争が絶えることはないのかもしれない。

それでも、私たちは自分たちにできる範囲で、人と人との間にあって愛と平和を保つ人生を歩んでいきたいと願う。

そのために必要なことは、愛と平和の神のみ言葉に聞き従っていくことであろう。

どんな世界に生きたいかということは、私たちこの世界において、どのように生きていくかにかかっている。

み言葉に聞き従っていこう。