創世記 37:12 兄たちが出かけて行き、シケムで父の羊の群れを飼っていたとき、
37:13 イスラエルはヨセフに言った。「兄さんたちはシケムで羊を飼っているはずだ。お前を彼らのところへやりたいのだが。」「はい、分かりました」とヨセフが答えると、
37:14 更にこう言った。「では、早速出かけて、兄さんたちが元気にやっているか、羊の群れも無事か見届けて、様子を知らせてくれないか。」父はヨセフをヘブロンの谷から送り出した。ヨセフがシケムに着き、
37:15 野原をさまよっていると、一人の人に出会った。その人はヨセフに尋ねた。「何を探しているのかね。」
37:16 「兄たちを探しているのです。どこで羊の群れを飼っているか教えてください。」ヨセフがこう言うと、
37:17 その人は答えた。「もうここをたってしまった。ドタンへ行こう、と言っていたのを聞いたが。」ヨセフは兄たちの後を追って行き、ドタンで一行を見つけた。
37:18 兄たちは、はるか遠くの方にヨセフの姿を認めると、まだ近づいて来ないうちに、ヨセフを殺してしまおうとたくらみ、
37:19 相談した。「おい、向こうから例の夢見るお方がやって来る。
37:20 さあ、今だ。あれを殺して、穴の一つに投げ込もう。後は、野獣に食われたと言えばよい。あれの夢がどうなるか、見てやろう。」
37:21 ルベンはこれを聞いて、ヨセフを彼らの手から助け出そうとして、言った。「命まで取るのはよそう。」
37:22 ルベンは続けて言った。「血を流してはならない。荒れ野のこの穴に投げ入れよう。手を下してはならない。」ルベンは、ヨセフを彼らの手から助け出して、父のもとへ帰したかったのである。
37:23 ヨセフがやって来ると、兄たちはヨセフが着ていた着物、裾の長い晴れ着をはぎ取り、
37:24 彼を捕らえて、穴に投げ込んだ。その穴は空で水はなかった。
37:25 彼らはそれから、腰を下ろして食事を始めたが、ふと目を上げると、イシュマエル人の隊商がギレアドの方からやって来るのが見えた。らくだに樹脂、乳香、没薬を積んで、エジプトに下って行こうとしているところであった。
37:26 ユダは兄弟たちに言った。「弟を殺して、その血を覆っても、何の得にもならない。
37:27 それより、あのイシュマエル人に売ろうではないか。弟に手をかけるのはよそう。あれだって、肉親の弟だから。」兄弟たちは、これを聞き入れた。
37:28 ところが、その間にミディアン人の商人たちが通りかかって、ヨセフを穴から引き上げ、銀二十枚でイシュマエル人に売ったので、彼らはヨセフをエジプトに連れて行ってしまった。
37:29 ルベンが穴のところに戻ってみると、意外にも穴の中にヨセフはいなかった。ルベンは自分の衣を引き裂き、
37:30 兄弟たちのところへ帰り、「あの子がいない。わたしは、このわたしは、どうしたらいいのか」と言った。
37:31 兄弟たちはヨセフの着物を拾い上げ、雄山羊を殺してその血に着物を浸した。
37:32 彼らはそれから、裾の長い晴れ着を父のもとへ送り届け、「これを見つけましたが、あなたの息子の着物かどうか、お調べになってください」と言わせた。
37:33 父は、それを調べて言った。「あの子の着物だ。野獣に食われたのだ。ああ、ヨセフはかみ裂かれてしまったのだ。」
37:34 ヤコブは自分の衣を引き裂き、粗布を腰にまとい、幾日もその子のために嘆き悲しんだ。
37:35 息子や娘たちが皆やって来て、慰めようとしたが、ヤコブは慰められることを拒んだ。「ああ、わたしもあの子のところへ、嘆きながら陰府へ下って行こう。」父はこう言って、ヨセフのために泣いた。
37:36 一方、メダンの人たちがエジプトへ売ったヨセフは、ファラオの宮廷の役人で、侍従長であったポティファルのものとなった。
詩篇 103:1 ダビデの詩。 わたしの魂よ、主をたたえよ。わたしの内にあるものはこぞって 聖なる御名をたたえよ。
103:2 わたしの魂よ、主をたたえよ。主の御計らいを何ひとつ忘れてはならない。
103:3 主はお前の罪をことごとく赦し 病をすべて癒し
103:4 命を墓から贖い出してくださる。慈しみと憐れみの冠を授け
103:5 長らえる限り良いものに満ち足らせ 鷲のような若さを新たにしてくださる。
103:6 主はすべて虐げられている人のために 恵みの御業と裁きを行われる。
103:7 主は御自分の道をモーセに 御業をイスラエルの子らに示された。
103:8 主は憐れみ深く、恵みに富み 忍耐強く、慈しみは大きい。
103:9 永久に責めることはなく とこしえに怒り続けられることはない。
103:10 主はわたしたちを 罪に応じてあしらわれることなく わたしたちの悪に従って報いられることもない。
103:11 天が地を超えて高いように 慈しみは主を畏れる人を超えて大きい。
103:12 東が西から遠い程 わたしたちの背きの罪を遠ざけてくださる。
103:13 父がその子を憐れむように 主は主を畏れる人を憐れんでくださる。
1ヨハネ 3:11 なぜなら、互いに愛し合うこと、これがあなたがたの初めから聞いている教えだからです。
3:12 カインのようになってはなりません。彼は悪い者に属して、兄弟を殺しました。なぜ殺したのか。自分の行いが悪く、兄弟の行いが正しかったからです。
3:13 だから兄弟たち、世があなたがたを憎んでも、驚くことはありません。
3:14 わたしたちは、自分が死から命へと移ったことを知っています。兄弟を愛しているからです。愛することのない者は、死にとどまったままです。
3:15 兄弟を憎む者は皆、人殺しです。あなたがたの知っているとおり、すべて人殺しには永遠の命がとどまっていません。
3:16 イエスは、わたしたちのために、命を捨ててくださいました。そのことによって、わたしたちは愛を知りました。だから、わたしたちも兄弟のために命を捨てるべきです。
創世記37章の箇所には、ヨセフが他の兄弟たちの妬みによって、エジプトに売られていった時の経緯が記されている。
最初、ヨセフの兄たちは、ヨセフに対する妬みのゆえに、ヨセフを殺してしまおうと相談をし始めるのである。
しかし、ルベンは、殺すまでするのはよくないと考え、穴に落としてしまおうと提案するのである。
しかし、このまま助け出しても、悪行がばれてしまうため、ユダはヨセフをイシュマエル人に売ってしまおうと企むのである。
ところが、そうこうしているうちに、ミディアン人の商人たちがやってきて、ヨセフを穴から引き揚げ、なんと彼をイシュマエル人に売り渡してしまうのである。
結果的にはユダが言った通りにはなっているが、ヨセフを売り渡した代金は、ミディアン人たちの手に渡ってしまい、ヨセフの兄たちは、自分たちは何もできず、ただその出来事を呆然と見過ごすだけになってしまうのである。
ヨセフの兄たちも、そこまで悪人ではないのであろうし、ただ、いたずら程度にアレコレと悪行を思いついて口にしただけなのだろう。
しかし、それらの悪口を神に聞かれていて、彼らの言った通りに事が運んで行った、ということなのであろう。
ヨセフの兄たちとっては、冗談程度のことと考えていたのかもしれない。
けれど、このような仕打ちを受けたヨセフにとっては、災いは事実であり、大きな悲しみや苦しみを味わう事になるのである。
人は、他人に対しては、あまりに軽く物事を考えて、いとも簡単に心ない言動を浴びせてしまうものである。
しかし、いくら冗談半分であっても、言われた人、やられた人にとっては、それは事実である。
イエス様こそ、私たちのことを自分のことのように考えてくださったお方であることを覚えつつ、言葉や行いを完全に制御することは簡単ではないが、願わくは、ほんの少しでもいいから、相手の身になって、相手の立場にまって物事を考え、行動するものとなりたいものである。
他人事ではなく、自分事として考え、生きていけるように。