ゼカリヤ4章1~7節、詩編145編8~14節、ルカ10章21~24節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ゼカリヤ 4:1 わたしに語りかけた御使いが戻って来て、わたしを起こした。わたしは眠りから揺り起こされた者のようであった。
 4:2 彼はわたしに、「何を見ていたのか」と尋ねたので、わたしは答えた。「わたしが見ていたのは、すべてが金でできた燭台で、頭部には容器が置かれていました。その上に七つのともし火皿が付けられており、頭部に置かれているともし火皿には七つの管が付いていました。
 4:3 その傍らに二本のオリーブの木があり、一つは容器の右に、一つは左に立っていました。」
 4:4 わたしは言葉をついで、わたしに語りかけた御使いに言った。「主よ、これは何でしょうか。」
 4:5 わたしに語りかけた御使いは答えて、「これが何か分からないのか」と言ったので、わたしが「主よ、分かりません」と言うと、
 4:6 彼は答えて、わたしに言った。「これがゼルバベルに向けられた主の言葉である。武力によらず、権力によらず ただわが霊によって、と万軍の主は言われる。
 4:7 大いなる山よ、お前は何者か ゼルバベルの前では平らにされる。彼が親石を取り出せば 見事、見事と叫びがあがる。」

詩編 145:8 主は恵みに富み、憐れみ深く 忍耐強く、慈しみに満ちておられます。
 145:9 主はすべてのものに恵みを与え 造られたすべてのものを憐れんでくださいます。
 145:10 主よ、造られたものがすべて、あなたに感謝し あなたの慈しみに生きる人があなたをたたえ
 145:11 あなたの主権の栄光を告げ 力強い御業について語りますように。
 145:12 その力強い御業と栄光を 主権の輝きを、人の子らに示しますように。
 145:13 あなたの主権はとこしえの主権 あなたの統治は代々に。
 145:14 主は倒れようとする人をひとりひとり支え うずくまっている人を起こしてくださいます。

ルカ 10:21 そのとき、イエスは聖霊によって喜びにあふれて言われた。「天地の主である父よ、あなたをほめたたえます。これらのことを知恵ある者や賢い者には隠して、幼子のような者にお示しになりました。そうです、父よ、これは御心に適うことでした。
 10:22 すべてのことは、父からわたしに任せられています。父のほかに、子がどういう者であるかを知る者はなく、父がどういう方であるかを知る者は、子と、子が示そうと思う者のほかには、だれもいません。」
 10:23 それから、イエスは弟子たちの方を振り向いて、彼らだけに言われた。「あなたがたの見ているものを見る目は幸いだ。
 10:24 言っておくが、多くの預言者や王たちは、あなたがたが見ているものを見たかったが、見ることができず、あなたがたが聞いているものを聞きたかったが、聞けなかったのである。」

 

 

イエス様は、神の国のことは、知恵ある者や賢い者には隠され、幼子のような者に示されると語られている。

人は大人になるにつれ、様々な知識や経験を重ねていき、どうしても計算高い生き方をしようとしてしまうからであろう。

しかし、幼子は違う。

特に生まれてまだ間もない子たちは、できることも限られているし、生きるのに必死で、とにかく自分を育ててくれる両親などに頼り切り、その日その時を生きている。

もちろん、お乳を飲んだり、眠ったり、生きていくために必要な基本的な欲求は持っているが、それ以外のことはあまり深く考えてはいないだろう。

実にすがすがしいし、大人になった我々も、余計な考えを捨てていけば、幼子と同じように生きられるのかもしれない。

幼子にも欲がないわけではないし、罪がないというわけではないが、少なくとも、大人のそれとはまったく違っているだろうし、イエス様の仰せられていることも、その通りだと思う。

願わくは、余計な計算や欲深さなどを捨て、もっとシンプルに生きていきたい。

そのうえで、神の恵みに感謝し、喜んで生きられる者とならせていただきたいものである。