民数記17章6~15節、詩篇99篇、1ペテロ4章7~11節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

民数記 17:6 その翌日、イスラエルの人々の共同体全体は、モーセとアロンに逆らって、「あなたたちは主の民を殺してしまったではないか」と不平を言った。
 17:7 彼らがモーセとアロンに逆らって集結し、臨在の幕屋の方を向くと、見よ、雲がそれを覆い、主の栄光が現れていた。
 17:8 モーセとアロンが臨在の幕屋の前に進み出ると、
 17:9 主はモーセに仰せになった。
 17:10 「この共同体から離れなさい。わたしは直ちに彼らを滅ぼす。」二人はひれ伏した。
 17:11 モーセはアロンに言った。「香炉を取り、それに祭壇の火を入れ、香を載せ、急いで共同体のもとに行って、彼らのために罪を贖う儀式を行いなさい。主の御前から怒りが出て、もう疫病が始まっている。」
 17:12 アロンは、モーセの命令どおりに行い、集結している人々の中へ走って行った。疫病は既に民の間に広がり始めていた。アロンが香をたき、民のために罪を贖う儀式を行い、
 17:13 死んだ者と生きている者との間に立つと、災害は治まった。
 17:14 この災害による死者の数は一万四千七百人であった。コラの事件による死者はこの数に含まれていない。
 17:15 アロンは臨在の幕屋の入り口にいるモーセのもとに帰った。災害はこうして治まった。

詩篇 99:1 主こそ王。諸国の民よ、おののけ。主はケルビムの上に御座を置かれる。地よ、震えよ。
 99:2 主はシオンにいまし、大いなる方。すべての民の上に高くいます。
 99:3 御名の大いなること、畏るべきことを告白せよ。主は聖なる方。
 99:4 力強い王、裁きを愛し、公平を固く定め ヤコブに対する裁きと恵みの御業を 御自ら、成し遂げられる。
 99:5 我らの神、主をあがめよ。その足台に向かってひれ伏せ。主は聖なる方。
 99:6 主の祭司からはモーセとアロンが 御名を呼ぶ者からはサムエルが、主を呼ぶと 主は彼らに答えられた。
 99:7 神は雲の柱から語りかけ 彼らに掟と定めを賜り 彼らはそれを守った。
 99:8 我らの神、主よ、あなたは彼らに答えられた。あなたは彼らを赦す神 彼らの咎には報いる神であった。
 99:9 我らの神、主をあがめよ。その聖なる山に向かってひれ伏せ。我らの神、主は聖なる方。

1ペテロ 4:7 万物の終わりが迫っています。だから、思慮深くふるまい、身を慎んで、よく祈りなさい。
 4:8 何よりもまず、心を込めて愛し合いなさい。愛は多くの罪を覆うからです。
 4:9 不平を言わずにもてなし合いなさい。
 4:10 あなたがたはそれぞれ、賜物を授かっているのですから、神のさまざまな恵みの善い管理者として、その賜物を生かして互いに仕えなさい。
 4:11 語る者は、神の言葉を語るにふさわしく語りなさい。奉仕をする人は、神がお与えになった力に応じて奉仕しなさい。それは、すべてのことにおいて、イエス・キリストを通して、神が栄光をお受けになるためです。栄光と力とが、世々限りなく神にありますように、アーメン。

 

 

 

誰にでも等しく人生の終わりの時はやってくる。

それがいつとか、どういう風にとかは分からないけれども、いつか必ず訪れる。

それまでの日々が私の人生であるわけだか、いつの日か、終わりを迎える時に私の人生を振り返る時が来るのだろう。

いや、そんな余裕などないかもしれない。

終わりの瞬間まで、きっと必死に生きようとするのだろう。

それはそれで良いけれど、願わくは、神から与えられた命を、全生涯を、豊かなものとして生き抜きたい。

どんなに困難であろうとも、自分自身も納得できるような幸いな人生を歩みたい。

たいしたことはできなくても、どれだけ多くの罪を赦され、守られ、生かされ、神に愛されてきあた者であるかということを思い起こしながら、感謝の心を持って生きていきたい。