ルツ記1章1~18節、詩篇37篇1~17節、フィレモン1~25節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ルツ記 1:1 士師が世を治めていたころ、飢饉が国を襲ったので、ある人が妻と二人の息子を連れて、ユダのベツレヘムからモアブの野に移り住んだ。
 1:2 その人は名をエリメレク、妻はナオミ、二人の息子はマフロンとキルヨンといい、ユダのベツレヘム出身のエフラタ族の者であった。彼らはモアブの野に着き、そこに住んだ。
 1:3 夫エリメレクは、ナオミと二人の息子を残して死んだ。
 1:4 息子たちはその後、モアブの女を妻とした。一人はオルパ、もう一人はルツといった。十年ほどそこに暮らしたが、
 1:5 マフロンとキルヨンの二人も死に、ナオミは夫と二人の息子に先立たれ、一人残された。
 1:6 ナオミは、モアブの野を去って国に帰ることにし、嫁たちも従った。主がその民を顧み、食べ物をお与えになったということを彼女はモアブの野で聞いたのである。
 1:7 ナオミは住み慣れた場所を後にし、二人の嫁もついて行った。
 1:7 故国ユダに帰る道すがら、
 1:8 ナオミは二人の嫁に言った。「自分の里に帰りなさい。あなたたちは死んだ息子にもわたしにもよく尽くしてくれた。どうか主がそれに報い、あなたたちに慈しみを垂れてくださいますように。
 1:9 どうか主がそれぞれに新しい嫁ぎ先を与え、あなたたちが安らぎを得られますように。」ナオミが二人に別れの口づけをすると、二人は声をあげて泣いて、
 1:10 言った。「いいえ、御一緒にあなたの民のもとへ帰ります。」
 1:11 ナオミは言った。「わたしの娘たちよ、帰りなさい。どうしてついて来るのですか。あなたたちの夫になるような子供がわたしの胎内にまだいるとでも思っているのですか。
 1:12 わたしの娘たちよ、帰りなさい。わたしはもう年をとって、再婚などできはしません。たとえ、まだ望みがあると考えて、今夜にでもだれかのもとに嫁ぎ、子供を産んだとしても、
 1:13 その子たちが大きくなるまであなたたちは待つつもりですか。それまで嫁がずに過ごすつもりですか。わたしの娘たちよ、それはいけません。あなたたちよりもわたしの方がはるかにつらいのです。主の御手がわたしに下されたのですから。」
 1:14 二人はまた声をあげて泣いた。オルパはやがて、しゅうとめに別れの口づけをしたが、ルツはすがりついて離れなかった。
 1:15 ナオミは言った。「あのとおり、あなたの相嫁は自分の民、自分の神のもとへ帰って行こうとしている。あなたも後を追って行きなさい。」
 1:16 ルツは言った。「あなたを見捨て、あなたに背を向けて帰れなどと、そんなひどいことを強いないでください。わたしは、あなたの行かれる所に行き お泊まりになる所に泊まります。あなたの民はわたしの民 あなたの神はわたしの神。
 1:17 あなたの亡くなる所でわたしも死に そこに葬られたいのです。死んでお別れするのならともかく、そのほかのことであなたを離れるようなことをしたなら、主よ、どうかわたしを幾重にも罰してください。」
 1:18 同行の決意が固いのを見て、ナオミはルツを説き伏せることをやめた。

詩篇 37:1  ダビデの詩。 悪事を謀る者のことでいら立つな。不正を行う者をうらやむな。
 37:2 彼らは草のように瞬く間に枯れる。青草のようにすぐにしおれる。
 37:3 主に信頼し、善を行え。この地に住み着き、信仰を糧とせよ。
 37:4 主に自らをゆだねよ 主はあなたの心の願いをかなえてくださる。
 37:5 あなたの道を主にまかせよ。信頼せよ、主は計らい
 37:6 あなたの正しさを光のように あなたのための裁きを 真昼の光のように輝かせてくださる。
 37:7 沈黙して主に向かい、主を待ち焦がれよ。繁栄の道を行く者や 悪だくみをする者のことでいら立つな。
 37:8 怒りを解き、憤りを捨てよ。自分も悪事を謀ろうと、いら立ってはならない。
 37:9 悪事を謀る者は断たれ 主に望みをおく人は、地を継ぐ。
 37:10 しばらくすれば、主に逆らう者は消え去る。彼のいた所を調べてみよ、彼は消え去っている。
 37:11 貧しい人は地を継ぎ 豊かな平和に自らをゆだねるであろう。
 37:12 主に従う人に向かって 主に逆らう者はたくらみ、牙をむくが
 37:13 主は彼を笑われる。彼に定めの日が来るのを見ておられるから。
 37:14 主に逆らう者は剣を抜き、弓を引き絞り 貧しい人、乏しい人を倒そうとし まっすぐに歩む人を屠ろうとするが
 37:15 その剣はかえって自分の胸を貫き 弓は折れるであろう。
 37:16 主に従う人が持っている物は僅かでも 主に逆らう者、権力ある者の富にまさる。
 37:17 主は御自分に逆らう者の腕を折り 従う人を支えてくださる。

フィレモン 1:1 キリスト・イエスの囚人パウロと兄弟テモテから、わたしたちの愛する協力者フィレモン、
 1:2 姉妹アフィア、わたしたちの戦友アルキポ、ならびにあなたの家にある教会へ。
 1:3 わたしたちの父である神と主イエス・キリストからの恵みと平和が、あなたがたにあるように。
 1:4 わたしは、祈りの度に、あなたのことを思い起こして、いつもわたしの神に感謝しています。
 1:5 というのは、主イエスに対するあなたの信仰と、聖なる者たち一同に対するあなたの愛とについて聞いているからです。
 1:6 わたしたちの間でキリストのためになされているすべての善いことを、あなたが知り、あなたの信仰の交わりが活発になるようにと祈っています。
 1:7 兄弟よ、わたしはあなたの愛から大きな喜びと慰めを得ました。聖なる者たちの心があなたのお陰で元気づけられたからです。
 1:8 それで、わたしは、あなたのなすべきことを、キリストの名によって遠慮なく命じてもよいのですが、
 1:9 むしろ愛に訴えてお願いします、年老いて、今はまた、キリスト・イエスの囚人となっている、このパウロが。
 1:10 監禁中にもうけたわたしの子オネシモのことで、頼みがあるのです。
 1:11 彼は、以前はあなたにとって役に立たない者でしたが、今は、あなたにもわたしにも役立つ者となっています。
 1:12 わたしの心であるオネシモを、あなたのもとに送り帰します。
 1:13 本当は、わたしのもとに引き止めて、福音のゆえに監禁されている間、あなたの代わりに仕えてもらってもよいと思ったのですが、
 1:14 あなたの承諾なしには何もしたくありません。それは、あなたのせっかくの善い行いが、強いられたかたちでなく、自発的になされるようにと思うからです。
 1:15 恐らく彼がしばらくあなたのもとから引き離されていたのは、あなたが彼をいつまでも自分のもとに置くためであったかもしれません。
 1:16 その場合、もはや奴隷としてではなく、奴隷以上の者、つまり愛する兄弟としてです。オネシモは特にわたしにとってそうですが、あなたにとってはなおさらのこと、一人の人間としても、主を信じる者としても、愛する兄弟であるはずです。
 1:17 だから、わたしを仲間と見なしてくれるのでしたら、オネシモをわたしと思って迎え入れてください。
 1:18 彼があなたに何か損害を与えたり、負債を負ったりしていたら、それはわたしの借りにしておいてください。
 1:19 わたしパウロが自筆で書いています。わたしが自分で支払いましょう。あなたがあなた自身を、わたしに負うていることは、よいとしましょう。
 1:20 そうです。兄弟よ、主によって、あなたから喜ばせてもらいたい。キリストによって、わたしの心を元気づけてください。
 1:21 あなたが聞き入れてくれると信じて、この手紙を書いています。わたしが言う以上のことさえもしてくれるでしょう。
 1:22 ついでに、わたしのため宿泊の用意を頼みます。あなたがたの祈りによって、そちらに行かせていただけるように希望しているからです。
 1:23 キリスト・イエスのゆえにわたしと共に捕らわれている、エパフラスがよろしくと言っています。
 1:24 わたしの協力者たち、マルコ、アリスタルコ、デマス、ルカからもよろしくとのことです。
 1:25 主イエス・キリストの恵みが、あなたがたの霊と共にあるように。

 

 

フィレモンへの手紙は、パウロが自分の弟子となったオネシモをフィレモンのもとで受け入れてもらえるよう、紹介状として送った手紙である。

しかし、その内容は、たんにオネシモを受け入れてもらえるよう頼んだだけでなく、オネシモのことをまるでパウロ自身のように受け入れてもらえるよう、フィレモンに対してとりなしている様子が伺え、もし、オネシモがフィレモンに対し何等かの損害をあたえるようなことがあれば、それらも全額弁済することも記されていたり、パウロのオネシモに対する愛情と憐れみの心を見ることができるだろう。

そしてそれは、イエス様が私たちを思う気持ちに通じるものと言える。

イエス様は、私たちが神の国に迎え入れて頂けるために、御自分の命を犠牲として支払ってまで、私たちのことを愛して下さり、今もなお、無限の愛でとりなし続けていて下さるのである。

イエス様のなさった十字架の贖いの御業のゆえに、私たちはもはや、神の国において、いっさいの罪をおかしたことのない者のようにして受け入れてもらえ、神の子として迎えられるのである。

全てはイエス様のおかげである。

そのことを思い起こすためにもこの手紙は重要な書簡であると言えよう。

パウロのオネシモに対する愛と、フィレモンへのとりなし、そこに現わされているイエス様の私たちに対する豊かな愛と救いの約束を思い起こしながら、喜びと感謝のうちに生きていきたいものである。