創世記6章11~22節、詩篇122篇、マタイ24章1~22節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

創世記 6:11 この地は神の前に堕落し、不法に満ちていた。
 6:12 神は地を御覧になった。見よ、それは堕落し、すべて肉なる者はこの地で堕落の道を歩んでいた。
 6:13 神はノアに言われた。「すべて肉なるものを終わらせる時がわたしの前に来ている。彼らのゆえに不法が地に満ちている。見よ、わたしは地もろとも彼らを滅ぼす。
 6:14 あなたはゴフェルの木の箱舟を造りなさい。箱舟には小部屋を幾つも造り、内側にも外側にもタールを塗りなさい。
 6:15 次のようにしてそれを造りなさい。箱舟の長さを三百アンマ、幅を五十アンマ、高さを三十アンマにし、
 6:16 箱舟に明かり取りを造り、上から一アンマにして、それを仕上げなさい。箱舟の側面には戸口を造りなさい。また、一階と二階と三階を造りなさい。
 6:17 見よ、わたしは地上に洪水をもたらし、命の霊をもつ、すべて肉なるものを天の下から滅ぼす。地上のすべてのものは息絶える。
 6:18 わたしはあなたと契約を立てる。あなたは妻子や嫁たちと共に箱舟に入りなさい。
 6:19 また、すべて命あるもの、すべて肉なるものから、二つずつ箱舟に連れて入り、あなたと共に生き延びるようにしなさい。それらは、雄と雌でなければならない。
 6:20 それぞれの鳥、それぞれの家畜、それぞれの地を這うものが、二つずつあなたのところへ来て、生き延びるようにしなさい。
 6:21 更に、食べられる物はすべてあなたのところに集め、あなたと彼らの食糧としなさい。」
 6:22 ノアは、すべて神が命じられたとおりに果たした。

詩篇 122:1  都に上る歌。ダビデの詩。 主の家に行こう、と人々が言ったとき わたしはうれしかった。
 122:2 エルサレムよ、あなたの城門の中に わたしたちの足は立っている。
 122:3 エルサレム、都として建てられた町。そこに、すべては結び合い
 122:4 そこに、すべての部族、主の部族は上って来る。主の御名に感謝をささげるのはイスラエルの定め。
 122:5 そこにこそ、裁きの王座が ダビデの家の王座が据えられている。
 122:6 エルサレムの平和を求めよう。「あなたを愛する人々に平安があるように。
 122:7 あなたの城壁のうちに平和があるように。あなたの城郭のうちに平安があるように。」
 122:8 わたしは言おう、わたしの兄弟、友のために。「あなたのうちに平和があるように。」
 122:9 わたしは願おう わたしたちの神、主の家のために。「あなたに幸いがあるように。」

マタイ 24:1 イエスが神殿の境内を出て行かれると、弟子たちが近寄って来て、イエスに神殿の建物を指さした。
 24:2 そこで、イエスは言われた。「これらすべての物を見ないのか。はっきり言っておく。一つの石もここで崩されずに他の石の上に残ることはない。」
 24:3 イエスがオリーブ山で座っておられると、弟子たちがやって来て、ひそかに言った。「おっしゃってください。そのことはいつ起こるのですか。また、あなたが来られて世の終わるときには、どんな徴があるのですか。」
 24:4 イエスはお答えになった。「人に惑わされないように気をつけなさい。
 24:5 わたしの名を名乗る者が大勢現れ、『わたしがメシアだ』と言って、多くの人を惑わすだろう。
 24:6 戦争の騒ぎや戦争のうわさを聞くだろうが、慌てないように気をつけなさい。そういうことは起こるに決まっているが、まだ世の終わりではない。
 24:7 民は民に、国は国に敵対して立ち上がり、方々に飢饉や地震が起こる。
 24:8 しかし、これらはすべて産みの苦しみの始まりである。
 24:9 そのとき、あなたがたは苦しみを受け、殺される。また、わたしの名のために、あなたがたはあらゆる民に憎まれる。
 24:10 そのとき、多くの人がつまずき、互いに裏切り、憎み合うようになる。
 24:11 偽預言者も大勢現れ、多くの人を惑わす。
 24:12 不法がはびこるので、多くの人の愛が冷える。
 24:13 しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。
 24:14 そして、御国のこの福音はあらゆる民への証しとして、全世界に宣べ伝えられる。それから、終わりが来る。」
 24:15 「預言者ダニエルの言った憎むべき破壊者が、聖なる場所に立つのを見たら――読者は悟れ――、
 24:16 そのとき、ユダヤにいる人々は山に逃げなさい。
 24:17 屋上にいる者は、家にある物を取り出そうとして下に降りてはならない。
 24:18 畑にいる者は、上着を取りに帰ってはならない。
 24:19 それらの日には、身重の女と乳飲み子を持つ女は不幸だ。
 24:20 逃げるのが冬や安息日にならないように、祈りなさい。
 24:21 そのときには、世界の初めから今までなく、今後も決してないほどの大きな苦難が来るからである。
 24:22 神がその期間を縮めてくださらなければ、だれ一人救われない。しかし、神は選ばれた人たちのために、その期間を縮めてくださるであろう。

 

 

沈みかけている泥船に乗っていれば、命の危険を察知した人や、行動力のある人から順に逃げ出していくだろう。

しかし、乗っている船がノアの箱舟のようなしっかりとしたものならば、むしろ反対で、最後までそこに残るものだけが救われる。

私たちが信頼しているものはどうだろう。

この世の見えるものにしがみついているならば、それは泥船に過ぎず、とっとと逃げ出した方がいいかもしれない。

しかし、私たちが信頼するのは、神ご自身の手による救いの御業と約束である。

私たちを決して裏切ることも、見捨てることもない。

命をかけて救いの御業を成し遂げて下さったのだから。

そのことだけは忘れないようにしたい。