創世記39章1~23節、詩篇1篇、フィリピ2章25~30節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

創世記 39:1 ヨセフはエジプトに連れて来られた。ヨセフをエジプトへ連れて来たイシュマエル人の手から彼を買い取ったのは、ファラオの宮廷の役人で、侍従長のエジプト人ポティファルであった。
 39:2 主がヨセフと共におられたので、彼はうまく事を運んだ。彼はエジプト人の主人の家にいた。
 39:3 主が共におられ、主が彼のすることをすべてうまく計らわれるのを見た主人は、
 39:4 ヨセフに目をかけて身近に仕えさせ、家の管理をゆだね、財産をすべて彼の手に任せた。
 39:5 主人が家の管理やすべての財産をヨセフに任せてから、主はヨセフのゆえにそのエジプト人の家を祝福された。主の祝福は、家の中にも農地にも、すべての財産に及んだ。
 39:6 主人は全財産をヨセフの手にゆだねてしまい、自分が食べるもの以外は全く気を遣わなかった。ヨセフは顔も美しく、体つきも優れていた。
 39:7 これらのことの後で、主人の妻はヨセフに目を注ぎながら言った。「わたしの床に入りなさい。」
 39:8 しかし、ヨセフは拒んで、主人の妻に言った。「ご存じのように、御主人はわたしを側に置き、家の中のことには一切気をお遣いになりません。財産もすべてわたしの手にゆだねてくださいました。
 39:9 この家では、わたしの上に立つ者はいませんから、わたしの意のままにならないものもありません。ただ、あなたは別です。あなたは御主人の妻ですから。わたしは、どうしてそのように大きな悪を働いて、神に罪を犯すことができましょう。」
 39:10 彼女は毎日ヨセフに言い寄ったが、ヨセフは耳を貸さず、彼女の傍らに寝ることも、共にいることもしなかった。
 39:11 こうして、ある日、ヨセフが仕事をしようと家に入ると、家の者が一人も家の中にいなかったので、
 39:12 彼女はヨセフの着物をつかんで言った。「わたしの床に入りなさい。」ヨセフは着物を彼女の手に残し、逃げて外へ出た。
 39:13 着物を彼女の手に残したまま、ヨセフが外へ逃げたのを見ると、
 39:14 彼女は家の者たちを呼び寄せて言った。「見てごらん。ヘブライ人などをわたしたちの所に連れて来たから、わたしたちはいたずらをされる。彼がわたしの所に来て、わたしと寝ようとしたから、大声で叫びました。
 39:15 わたしが大声をあげて叫んだのを聞いて、わたしの傍らに着物を残したまま外へ逃げて行きました。」
 39:16 彼女は、主人が家に帰って来るまで、その着物を傍らに置いていた。
 39:17 そして、主人に同じことを語った。「あなたがわたしたちの所に連れて来た、あのヘブライ人の奴隷はわたしの所に来て、いたずらをしようとしたのです。
 39:18 わたしが大声をあげて叫んだものですから、着物をわたしの傍らに残したまま、外へ逃げて行きました。」
 39:19 「あなたの奴隷がわたしにこんなことをしたのです」と訴える妻の言葉を聞いて、主人は怒り、
 39:20 ヨセフを捕らえて、王の囚人をつなぐ監獄に入れた。ヨセフはこうして、監獄にいた。
 39:21 しかし、主がヨセフと共におられ、恵みを施し、監守長の目にかなうように導かれたので、
 39:22 監守長は監獄にいる囚人を皆、ヨセフの手にゆだね、獄中の人のすることはすべてヨセフが取りしきるようになった。
 39:23 監守長は、ヨセフの手にゆだねたことには、一切目を配らなくてもよかった。主がヨセフと共におられ、ヨセフがすることを主がうまく計らわれたからである。

詩篇 1:1 いかに幸いなことか 神に逆らう者の計らいに従って歩まず 罪ある者の道にとどまらず 傲慢な者と共に座らず
 1:2 主の教えを愛し その教えを昼も夜も口ずさむ人。
 1:3 その人は流れのほとりに植えられた木。ときが巡り来れば実を結び 葉もしおれることがない。その人のすることはすべて、繁栄をもたらす。
 1:4 神に逆らう者はそうではない。彼は風に吹き飛ばされるもみ殻。
 1:5 神に逆らう者は裁きに堪えず 罪ある者は神に従う人の集いに堪えない。
 1:6 神に従う人の道を主は知っていてくださる。神に逆らう者の道は滅びに至る。

フィリピ 2:25 ところでわたしは、エパフロディトをそちらに帰さねばならないと考えています。彼はわたしの兄弟、協力者、戦友であり、また、あなたがたの使者として、わたしの窮乏のとき奉仕者となってくれましたが、
 2:26 しきりにあなたがた一同と会いたがっており、自分の病気があなたがたに知られたことを心苦しく思っているからです。
 2:27 実際、彼はひん死の重病にかかりましたが、神は彼を憐れんでくださいました。彼だけでなく、わたしをも憐れんで、悲しみを重ねずに済むようにしてくださいました。
 2:28 そういうわけで、大急ぎで彼を送ります。あなたがたは再会を喜ぶでしょうし、わたしも悲しみが和らぐでしょう。
 2:29 だから、主に結ばれている者として大いに歓迎してください。そして、彼のような人々を敬いなさい。
 2:30 わたしに奉仕することであなたがたのできない分を果たそうと、彼はキリストの業に命をかけ、死ぬほどの目に遭ったのです。

 

 

神を信じて生きている人は、常に神に祝福されていると言える。

しかし、実際には、様々な試練や困難がふりかかってくるし、なぜ神を信じているのに、こんな目にあわなければならないのかと思う事もあるだろう。

エジプトに売られたヨセフがまさにそうであっただろう。

けれども、どういうわけか、ヨセフの周りでは不思議な神の御業が現わされていくのである。

もしかしたら、そういった試練や困難にも耐えぬき、生き続けていくところに神の御業が現わされていくのかもしれないし、そういった人生にも耐えられる忍耐や信仰を備えることが重要なのかもしれない。

この世で生き続けていくことは、多くの試練や困難も伴うものである。

それでもなお、私たちは生きて行かなければならない。

けれども、そこにも神のご計画があり、神の御手による御業が現わされていく。

だからこそ、信仰が大切なのだろう。

自分が誰によって生かされ、何のために生きているのか、何をすべきなのか、日々、聖書の御言葉に耳を傾けながら、主に用いられる幸いな人生を歩ませていただきたいものである。