エステル7章1~10節、詩篇122篇、黙示録1章9~20節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

エルテル 7:1 王とハマンは、王妃エステルの酒宴にやって来た。
 7:2 この二日目の日も同様に、ぶどう酒を飲みながら王は言った。「王妃エステルよ、何か望みがあるならかなえてあげる。願いとあれば国の半分なりとも与えよう。」
 7:3 「王よ、もしお心に適いますなら」と王妃エステルは答えた。「もし特別な御配慮をいただき、私の望みをかなえ、願いを聞いていただけますならば、私のために私の命と私の民族の命をお助けいただきとうございます。
 7:4 私と私の民族は取り引きされ、滅ぼされ、殺され、絶滅させられそうになっているのでございます。私どもが、男も女も、奴隷として売られるだけなら、王を煩わすほどのことではございませんから、私は黙ってもおりましょう。」
 7:5 クセルクセス王は王妃エステルに、「一体、誰がそのようなことをたくらんでいるのか、その者はどこにいるのか」と尋ねた。
 7:6 エステルは答えた。「その恐ろしい敵とは、この悪者ハマンでございます。」ハマンは王と王妃の前で恐れおののいた。
 7:7 王は怒って立ち上がり、酒宴をあとにして王宮の庭に出た。ハマンは王妃エステルに命乞いをしようとしてとどまった。王による不幸が決定的になった、と分かったからである。
 7:8 ハマンがエステルのいる長いすに身を投げかけているところへ、王宮の庭から王が酒宴の間に戻って来た。王は言った。「わたしのいるこの宮殿で、王妃にまで乱暴しようとするのか。」この言葉が王の口から発せられるやいなや、人々はハマンの顔に覆いをかぶせた。
 7:9 宦官の一人、ハルボナは王に言った。「ちょうど、柱があります。王のために貴重なことを告げてくれたあのモルデカイをつるそうとして、ハマンが立てたものです。五十アンマもの高さをもって、ハマンの家に立てられています。」王は、「ハマンをそれにつるせ」と命じた。
 7:10 こうしてハマンは、自分がモルデカイのために立てた柱につるされ、王の怒りは治まった。

 

詩篇 122:1  都に上る歌。ダビデの詩。 主の家に行こう、と人々が言ったとき わたしはうれしかった。
 122:2 エルサレムよ、あなたの城門の中に わたしたちの足は立っている。
 122:3 エルサレム、都として建てられた町。そこに、すべては結び合い
 122:4 そこに、すべての部族、主の部族は上って来る。主の御名に感謝をささげるのはイスラエルの定め。
 122:5 そこにこそ、裁きの王座が ダビデの家の王座が据えられている。
 122:6 エルサレムの平和を求めよう。「あなたを愛する人々に平安があるように。
 122:7 あなたの城壁のうちに平和があるように。あなたの城郭のうちに平安があるように。」
 122:8 わたしは言おう、わたしの兄弟、友のために。「あなたのうちに平和があるように。」
 122:9 わたしは願おう わたしたちの神、主の家のために。「あなたに幸いがあるように。」

 

黙示録 1:9 わたしは、あなたがたの兄弟であり、共にイエスと結ばれて、その苦難、支配、忍耐にあずかっているヨハネである。わたしは、神の言葉とイエスの証しのゆえに、パトモスと呼ばれる島にいた。
 1:10 ある主の日のこと、わたしは"霊"に満たされていたが、後ろの方でラッパのように響く大声を聞いた。
 1:11 その声はこう言った。「あなたの見ていることを巻物に書いて、エフェソ、スミルナ、ペルガモン、ティアティラ、サルディス、フィラデルフィア、ラオディキアの七つの教会に送れ。」
 1:12 わたしは、語りかける声の主を見ようとして振り向いた。振り向くと、七つの金の燭台が見え、
 1:13 燭台の中央には、人の子のような方がおり、足まで届く衣を着て、胸には金の帯を締めておられた。
 1:14 その頭、その髪の毛は、白い羊毛に似て、雪のように白く、目はまるで燃え盛る炎、
 1:15 足は炉で精錬されたしんちゅうのように輝き、声は大水のとどろきのようであった。
 1:16 右の手に七つの星を持ち、口からは鋭い両刃の剣が出て、顔は強く照り輝く太陽のようであった。
 1:17 わたしは、その方を見ると、その足もとに倒れて、死んだようになった。すると、その方は右手をわたしの上に置いて言われた。「恐れるな。わたしは最初の者にして最後の者、
 1:18 また生きている者である。一度は死んだが、見よ、世々限りなく生きて、死と陰府の鍵を持っている。
 1:19 さあ、見たことを、今あることを、今後起ころうとしていることを書き留めよ。
 1:20 あなたは、わたしの右の手に七つの星と、七つの金の燭台とを見たが、それらの秘められた意味はこうだ。七つの星は七つの教会の天使たち、七つの燭台は七つの教会である。

 

 

 

黙示録を書き留めたヨハネは、イエス様の弟子であり、後に初代教会の長老として働いたと言われている。

イエス様の弟子の中では、最も長く生き、証しを続けた人物であると言えるだろう。

ヨハネは、ペテロらと同様、もとはガリラヤの漁師であったが、イエス様と出会い、イエス様と共に歩んだことで、多くのイエス様の言葉や行動を目撃し、それらを記録していった。

ヨハネが記したと言われているヨハネ福音書には、イエス様のなさったことについて、まだまだ多くの事を目撃したが、それら全てを書き留めることはできないと語られており、限られた記録ではあるものの、イエス様が真の救い主であり、信じることで救われて永遠の命を得るためという明確な目的で記されたものであることが伺える。

 

ヨハネ  20:30 このほかにも、イエスは弟子たちの前で、多くのしるしをなさったが、それはこの書物に書かれていない。
 20:31 これらのことが書かれたのは、あなたがたが、イエスは神の子メシアであると信じるためであり、また、信じてイエスの名により命を受けるためである。

 

弟子たちは、イエス様のことについて、もっと多くのことを見聞きしていたのであろう。

しかし、後の世代の人々が信じて救われるようになるために、あえて厳選された記録となっていることを思う時、私たちは、聖書をその目的のために読んでいくことが求められていると言えよう。

まちがっても、聖書の間違いや神の存在を否定するために研究したり、用いたりすべきではないし、そのような試みをするくらいなら最初から読まなければいいだけのことである。

何のために聖書を読むのか、ヨハネが見聞きし、私たちにどうにか伝えたいと願ったこと、信じて救われるようになってほしいと願っていた、その心を受け取りつつ、御言葉に耳を傾けていきたいものである。