ルカ8章16~18節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ルカ 8:16 「ともし火をともして、それを器で覆い隠したり、寝台の下に置いたりする人はいない。入って来る人に光が見えるように、燭台の上に置く。
8:17 隠れているもので、あらわにならないものはなく、秘められたもので、人に知られず、公にならないものはない。
8:18 だから、どう聞くべきかに注意しなさい。持っている人は更に与えられ、持っていない人は持っていると思うものまでも取り上げられる。」

ともし火は周りを照らすために置かれる。そのため、人目につかないようなところに置かれることはない。
心の奥に秘められた事柄も、やがて明らかにされる時が来る。
人の犯した罪、神を信じる心、そして、救いの完成する時、何もかもがはっきりと明らかにされる。
だから、今は明らかにされていないからと言って油断したり、隠れて悪を行っていても、必ずすべてが明らかにされる時が来ることを覚え、いつ、どのような形で、全てのことが明らかにされても良いように心得て行動することが大切であろう。
罪が明らかにされるのは怖いもの。
けれど、神の前では、その罪に対する完全な償いが約束されている。
そのことを覚え、イエス様の十字架をいつでも見上げ、真の平安のうちを歩みたいものである。