申命記16章1~20節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

申命記 16:1 アビブの月を守り、あなたの神、主の過越祭を祝いなさい。アビブの月のある夜、あなたの神、主があなたをエジプトから導き出されたからである。
16:2 あなたは、主がその名を置くために選ばれる場所で、羊あるいは牛を過越のいけにえとしてあなたの神、主に屠りなさい。
16:3 その際、酵母入りのパンを食べてはならない。七日間、酵母を入れない苦しみのパンを食べなさい。あなたはエジプトの国から急いで出たからである。こうして、あなたはエジプトの国から出た日を生涯思い起こさねばならない。
16:4 七日間、国中どこにも酵母があってはならない。祭りの初日の夕方屠った肉を、翌朝まで残してはならない。
16:5 過越のいけにえを屠ることができるのは、あなたの神、主が与えられる町のうちのどこででもよいのではなく、
16:6 ただ、あなたの神、主がその名を置くために選ばれる場所でなければならない。夕方、太陽の沈むころ、あなたがエジプトを出た時刻に過越のいけにえを屠りなさい。
16:7 それをあなたの神、主が選ばれる場所で煮て食べ、翌朝自分の天幕に帰りなさい。
16:8 六日間酵母を入れないパンを食べ、七日目にはあなたの神、主のために聖なる集まりを行い、いかなる仕事もしてはならない。
16:9 あなたは七週を数えねばならない。穀物に鎌を入れる時から始めて七週を数える。
16:10 そして、あなたの神、主のために七週祭を行い、あなたの神、主より受けた祝福に応じて、十分に、あなたがささげうるだけの収穫の献げ物をしなさい。
16:11 こうしてあなたは、あなたの神、主の御前で、すなわちあなたの神、主がその名を置くために選ばれる場所で、息子、娘、男女の奴隷、町にいるレビ人、また、あなたのもとにいる寄留者、孤児、寡婦などと共に喜び祝いなさい。
16:12 あなたがエジプトで奴隷であったことを思い起こし、これらの掟を忠実に守りなさい。
16:13 麦打ち場と酒ぶねからの収穫が済んだとき、あなたは七日間、仮庵祭を行いなさい。
16:14 息子、娘、男女の奴隷、あなたの町にいるレビ人、寄留者、孤児、寡婦などと共にこの祭りを喜び祝いなさい。
16:15 七日間、主の選ばれる場所であなたの神、主のために祭りを行いなさい。あなたの神、主があなたの収穫と手の業をすべて祝福される。あなたはただそれを喜び祝うのである。
16:16 男子はすべて、年に三度、すなわち除酵祭、七週祭、仮庵祭に、あなたの神、主の御前、主の選ばれる場所に出ねばならない。ただし、何も持たずに主の御前に出てはならない。
16:17 あなたの神、主より受けた祝福に応じて、それぞれ、献げ物を携えなさい。
16:18 あなたの神、主が部族ごとに与えられるすべての町に、裁判人と役人を置き、正しい裁きをもって民を裁かせなさい。
16:19 裁きを曲げず、偏り見ず、賄賂を受け取ってはならない。賄賂は賢い者の目をくらませ、正しい者の言い分をゆがめるからである。
16:20 ただ正しいことのみを追求しなさい。そうすれば命を得、あなたの神、主が与えられる土地を得ることができる。

イスラエルにおける三つの祭りの起源が記されている。
除酵祭、七週祭、そして仮庵祭の三つである。
それぞれに意味があり、イスラエルの民がかつてエジプトで奴隷の民であったところ、主なる神様が不思議な御業で救い出して下さったことを記念するために行われるものであり、それゆえに、民族が存在していることを確認させる意味もあったのであろう。
その祭りにおいては、感謝の捧げものが捧げられる。
そもそも祭りというのは、そういう趣旨であるべきなのだろう。
しかし、異教の神々を祭る場合の祭り事はそうではない。
もともと異教の神々が、五穀豊穣や子孫繁栄などを願って行われるものであるため、とりなしや祈祷の色合いが強いように思う。
極端な言い方をすれば、それは、人間の欲望を満たすために神い働いてもらうために行われる祭り事なのであろう。
しかし申命記で語られている祭りの趣旨は違う。
既に神が民を救われた事を思い起こし、その事実を感謝するものである。
イスラエルの祭りの基本は想起であり感謝することにある。
私たちが毎週行う礼拝もそうなのだろう。
イエス・キリストによって救われているという事実を思い起こし、感謝する時、それが礼拝なのだろう。