申命記12章1~28節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

申命記 12:1 これから述べる掟と法は、あなたの先祖の神、主があなたに与えて得させられる土地で、あなたたちが地上に生きている限り忠実に守るべきものである。
12:2 あなたたちの追い払おうとしている国々の民が高い山や丘の上、茂った木の下で神々に仕えてきた場所は、一つ残らず徹底的に破壊しなさい。
12:3 祭壇を壊し、石柱を砕き、アシェラ像を火にくべ、神々の彫像を切り倒して、彼らの名をその場所から消し去りなさい。
12:4 あなたたちの神、主に対しては国々の民と同じようにしてはならない。
12:5 必ず、あなたたちの神、主がその名を置くために全部族の中から選ばれる場所、すなわち主の住まいを尋ね、そこへ行きなさい。
12:6 焼き尽くす献げ物、いけにえ、十分の一の献げ物、収穫物の献納物、満願の献げ物、随意の献げ物、牛や羊の初子などをそこに携えて行き、
12:7 あなたたちの神、主の御前で家族と共に食べ、あなたたちの手の働きをすべて喜び祝いなさい。あなたの神、主はあなたを祝福されているからである。
12:8 あなたたちは、我々が今日、ここでそうしているように、それぞれ自分が正しいと見なすことを決して行ってはならない。
12:9 あなたの神、主が与えられる安住の地、嗣業の土地に、あなたたちはまだ入っていないが、
12:10 ヨルダン川を渡り、あなたたちの神、主が受け継がせられる土地に住み、周囲の敵から守られ、安らかに住むようになったならば、
12:11 あなたたちの神、主がその名を置くために選ばれる場所に、わたしの命じるすべてのもの、すなわち焼き尽くす献げ物、いけにえ、十分の一の献げ物、収穫物の献納物、および主に対して誓いを立てたすべての最良の満願の献げ物を携えて行き、
12:12 あなたたちの神、主の御前で、息子、娘、男女の奴隷、町の中に住むレビ人と共に、喜び祝いなさい。レビ人には嗣業の割り当てがないからである。
12:13 あなたは、自分の好む場所で焼き尽くす献げ物をささげないように注意しなさい。
12:14 ただ、主があなたの一部族の中に選ばれる場所で焼き尽くす献げ物をささげ、わたしが命じることをすべて行わなければならない。
12:15 ただし、どの町においてもあなたの神、主が与える祝福に従って、欲しいだけ獣を屠り、その肉を食べることができる。かもしかや雄鹿を食べる場合のように汚れている者も清い者も食べることができる。
12:16 ただし、その血は食べてはならず、水のように地面に注ぎ出さねばならない。
12:17 あなたは穀物、新しいぶどう酒、オリーブ油などの十分の一の献げ物、牛や羊の初子、あなたが誓いを立てた満願の献げ物、随意の献げ物、収穫物の献納物などを自分の町の中で食べてはならず、
12:18 ただ、あなたの神、主の御前で、あなたの神、主の選ばれる場所で、息子、娘、男女の奴隷、町の中に住むレビ人と共に食べ、主の御前であなたの手の働きすべてを喜び祝いなさい。
12:19 あなたは、地上に生きている限り、レビ人を見捨てることがないように注意しなさい。
12:20 約束されたとおり、あなたの神、主があなたの領土を広げられるとき、肉が食べたいと言うなら、欲しいだけ肉を食べることができる。
12:21 あなたの神、主がその名を置くために選ばれる場所が遠く離れているならば、わたしが命じたとおりに、主が与えられた牛や羊を屠り、自分の町で、欲しいだけ食べることができる。
12:22 かもしかや雄鹿を食べる場合のように食べることができる。汚れている者も清い者もその肉を食べることができる。
12:23 ただ、その血は断じて食べてはならない。血は命であり、命を肉と共に食べてはならないからである。
12:24 血は食べることなく、水のように地面に注ぎ出さねばならない。
12:25 それを食べてはならない。こうして主が正しいと見なされることを行うなら、あなたも子孫も幸いを得るであろう。
12:26 ただ、あなたは、ささげるべき聖なる献げ物と満願の献げ物を携えて、主の選ばれる場所に行かねばならない。
12:27 焼き尽くす献げ物の場合は、肉も血もあなたの神、主の祭壇にささげる。その他のいけにえは血をあなたの神、主の祭壇の側面に注ぎ、肉は食べることができる。
12:28 わたしが命じるこれらのことをすべて聞いて守りなさい。こうして、あなたの神、主が良しとし、正しいと見なされることを行うなら、あなたも子孫もとこしえに幸いを得る。

主なる神様は、イスラエルの民が約束の地へ進み、それぞれ住まう場系場所が割り当てられたなら、主を礼拝する場所を整え、そこで感謝の礼拝を捧げるよう命じている。
中でも興味深いのは、血と肉に関する記述である。
肉は食べても良いが、地は食べてはならず、主の祭壇の側面に注ぐよう命じられている。
血は命の象徴であり、肉は食べ物であるということのようである。
関係があるかどうかは分からないが、新約聖書以降の時代では、イエス様を信じる者に与えられる二つ儀式があり、それは洗礼式と聖餐式である。洗礼式はイエス様の流された血によって、一切の罪を洗い流して頂き、聖餐式では、キリストの体を頂く約束のもとに、パンとぶどう酒を頂く。どちらもキリストの血と体に関係があるが、洗礼式では、水を注ぎ、聖餐式ではパンとぶどう酒を飲食する。
イエス様の流された血と裂かれた体によって、私たちには新しい命と新しい体が与えられる。
直接的な関連があるかどうかは不明だが、そんなキリストの尊い贖いの死を思い起こさせる記述ではなかろうか。
とにもかくにも、主イエス・キリストの十字架の贖いの御業によって新しい命の約束が与えられていることを感謝するものである。