ローマ16章17~23節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ローマ 16:17 兄弟たち、あなたがたに勧めます。あなたがたの学んだ教えに反して、不和やつまずきをもたらす人々を警戒しなさい。彼らから遠ざかりなさい。
16:18 こういう人々は、わたしたちの主であるキリストに仕えないで、自分の腹に仕えている。そして、うまい言葉やへつらいの言葉によって純朴な人々の心を欺いているのです。
16:19 あなたがたの従順は皆に知られています。だから、わたしはあなたがたのことを喜んでいます。なおその上、善にさとく、悪には疎くあることを望みます。
16:20 平和の源である神は間もなく、サタンをあなたがたの足の下で打ち砕かれるでしょう。わたしたちの主イエスの恵みが、あなたがたと共にあるように。
16:21 わたしの協力者テモテ、また同胞のルキオ、ヤソン、ソシパトロがあなたがたによろしくと言っています。
16:22 この手紙を筆記したわたしテルティオが、キリストに結ばれている者として、あなたがたに挨拶いたします。
16:23 わたしとこちらの教会全体が世話になっている家の主人ガイオが、よろしくとのことです。市の経理係エラストと兄弟のクアルトが、よろしくと言っています。

イエス様による救いの約束は、私たちに真の喜びと平和をもたらす。
しかし、もしイエス様のことを知らせているようで、人々に恐れや不安を抱かせるなら、何か違うものを見せようとしているのかもしれない。
イエス様がすべての裁きを成し遂げて下さって、私たちはもはやイエス様を信じるだけで救われる、それが聖書の約束。
救いのために何か他のことを求められることはないはずである。
イエス様の贖いは、神の唯一の一人子なるお方の命が捧げられたことによるのだから、永遠であり、完全である。
だからこそ、私たちは揺るぎない平安を頂くことができるのである。
常にそのことを覚え、イエス様の十字架だけを見上げていきたいものである。