列王記下2章1~18節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

列王記
2:1 主が嵐を起こしてエリヤを天に上げられたときのことである。エリヤはエリシャを連れてギルガルを出た。
2:2 エリヤはエリシャに、「主はわたしをベテルにまでお遣わしになるが、あなたはここにとどまっていなさい」と言った。しかしエリシャは、「主は生きておられ、あなた御自身も生きておられます。わたしはあなたを離れません」と答えたので、二人はベテルに下って行った。
2:3 ベテルの預言者の仲間たちがエリシャのもとに出て来て、「主が今日、あなたの主人をあなたから取り去ろうとなさっているのを知っていますか」と問うと、エリシャは、「わたしも知っています。黙っていてください」と答えた。
2:4 エリヤは、「エリシャよ、主はわたしをエリコへお遣わしになるが、あなたはここにとどまっていなさい」と言った。しかしエリシャは、「主は生きておられ、あなた御自身も生きておられます。わたしはあなたを離れません」と答えたので、二人はエリコに来た。
2:5 エリコの預言者の仲間たちがエリシャに近づいて、「主が今日、あなたの主人をあなたから取り去ろうとなさっているのを知っていますか」と問うと、エリシャは、「わたしも知っています。黙っていてください」と答えた。
2:6 エリヤはエリシャに、「主はわたしをヨルダンへお遣わしになるが、あなたはここにとどまっていなさい」と言った。しかしエリシャは、「主は生きておられ、あなた御自身も生きておられます。わたしはあなたを離れません」と答えたので、彼らは二人で出かけて行った。
2:7 預言者の仲間五十人もついて行った。彼らは、ヨルダンのほとりに立ち止まったエリヤとエリシャを前にして、遠く離れて立ち止まった。
2:8 エリヤが外套を脱いで丸め、それで水を打つと、水が左右に分かれたので、彼ら二人は乾いた土の上を渡って行った。
2:9 渡り終わると、エリヤはエリシャに言った。「わたしがあなたのもとから取り去られる前に、あなたのために何をしようか。何なりと願いなさい。」エリシャは、「あなたの霊の二つの分をわたしに受け継がせてください」と言った。
2:10 エリヤは言った。「あなたはむずかしい願いをする。わたしがあなたのもとから取り去られるのをあなたが見れば、願いはかなえられる。もし見なければ、願いはかなえられない。」
2:11 彼らが話しながら歩き続けていると、見よ、火の戦車が火の馬に引かれて現れ、二人の間を分けた。エリヤは嵐の中を天に上って行った。
2:12 エリシャはこれを見て、「わが父よ、わが父よ、イスラエルの戦車よ、その騎兵よ」と叫んだが、もうエリヤは見えなかった。エリシャは自分の衣をつかんで二つに引き裂いた。
2:13 エリヤの着ていた外套が落ちて来たので、彼はそれを拾い、ヨルダンの岸辺に引き返して立ち、
2:14 落ちて来たエリヤの外套を取って、それで水を打ち、「エリヤの神、主はどこにおられますか」と言った。エリシャが水を打つと、水は左右に分かれ、彼は渡ることができた。
2:15 エリコの預言者の仲間たちは目の前で彼を見て、「エリヤの霊がエリシャの上にとどまっている」と言い、彼を迎えに行って、その前で地にひれ伏した。
2:16 彼らはエリシャに言った。「御覧ください。僕たちのところに五十人の戦士がいます。彼らにあなたの主人を捜しに行かせてください。主の霊は彼を運び去り、どこかの山か谷に投げ落としたかもしれません。」しかしエリシャは、「行かせてはならない」と答えた。
2:17 彼らがあまりにもしつこく願ったので、「行かせなさい」と言うと、彼らは五十人を送り出して三日間エリヤを捜させたが、見つけることができず、
2:18 エリコにいるエリシャのもとに帰って来た。エリシャは、「行くなと言ったではないか」と言った。

エリヤが天に上げられる日、エリヤはギルガルを出てベテルへ向かおうとしていた。
その際、エリヤはエリシャにはギルガルにとどまっているよう命じたのだが、エリシャは最後までエリヤにつき従っていくことを表明している。
そして、ベテルに着くと、ベテルの預言者の仲間らから、今日エリヤが取り去られることを知っているかと問われ、エリシャは知っていると答えているが、それがどれほど恐ろしい光景で、あなたはその場にいて、その様子を最後まで目撃することができるのかと問うているのであろう。
さらにエリヤはベテルからエリコへと移動する。エリコへ移動する際にも同様のことが繰り返され、エリヤはエリシャにベテルにとどまるよう命じたものの、エリシャは従い続け、そして、エリコの預言者らからも同じようにエリヤが取り去られることをが告げられるのである。
そして、さらにエリヤはエリコからヨルダンへ移動することをエリシャに告げ、これまでと全く同様のことを繰り返すのである。
しかし、エリシャはますます頑なにエリヤに従い通すことを表明するのであるが、このように同じようなことが繰り返されていくうちに、ますますエリシャの決意が固められていったようにも見えるのである。
もしかしたら、エリヤはそういったことも考慮して、預言者として生きていくための覚悟を決めるために、あえて、三度も同じような問答を繰り返し、エリヤの後継者としてふさわしい人物であるかどうかを試し、訓練し、整えていったのかもしれないのである。

個人的なことではあるが、今、三つめの教会での働きに遣わされている。
最初に遣わされた教会では、熱く燃えてはいたものの、自分が真理を伝えるのだと意気込み、危なっかしい働きだったのかもしれない。
二つ目の教会では、ある程度経験も重ねた分、その経験に頼り過ぎてしまい、それが役に立たないことがあるにも関わらず、挫折を味わうことになったのかもしれない。
途中、別の働きを挟むことによって、教会の働きを外側から見つめる機会が与えられ、何が大切なことで、自分がどのような働きをすべきなのかといったことを考え直す時が与えられたように思う。
そして、現在三つめの教会。
これまでと、そう変わりはないが、何か肝が据わったというか、覚悟が固まってきたように思う。
というか、あれこれと余計なことはしないで、純粋に福音を伝えたいと願っている。
もちろん、いつでも、どこにいても、難しいことはあるし、学ぶことも多い。
けれど、自分は何をするべきかという芯がしっかりしていることによって、働きに携わることが苦ではない。
エリシャも、人々が自分の言う事を聞いてくれず、思うようにいかないと悩んだかもしれないが、それにが苦痛なのではなく、それが自分の仕事なのだと割り切って対処できるようになったのではないだろうか。
大切なことは、主のみ言葉を伝えることである。それ以外のことは思うようにならなくても当然。それくらいでいいのだろう。