列王記上22章41~54節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

列王記上 22:41 アサの子ヨシャファトは、イスラエルの王アハブの治世第四年にユダの王となった。
22:42 ヨシャファトは三十五歳で王となり、エルサレムで二十五年間王位にあった。その母は名をアズバと言い、シルヒの娘であった。
22:43 彼は父アサの道をそのまま歩み、それを離れず、主の目にかなう正しいことを行った。
22:44 しかし、聖なる高台は取り除かなかった。民は依然として聖なる高台でいけにえをささげ、香をたいていた。
22:45 ヨシャファトはイスラエルの王との間に平和を維持した。
22:46 ヨシャファトの他の事績、彼のあげた功績、また戦いについては、『ユダの王の歴代誌』に記されている。
22:47 彼は父アサの時代に残っていた神殿男娼の残りをこの国から除き去った。
22:48 エドムに王はなく、王の立てた役人がいた。
22:49 ヨシャファトはタルシシュの船を数艘造り、金を求めてオフィルに行こうとしたが、船団はエツヨン・ゲベルで難破し、行くことができなかった。
22:50 そのとき、アハブの子アハズヤがヨシャファトに、「わたしの家臣たちをあなたの家臣たちと共に船に乗り込ませればよい」と言ったが、ヨシャファトはそれを望まなかった。
22:51 ヨシャファトは先祖と共に眠りにつき、先祖と共に父ダビデの町に葬られた。その子ヨラムがヨシャファトに代わって王となった。
22:52 アハブの子アハズヤは、ユダの王ヨシャファトの治世第十七年にサマリアでイスラエルの王となった。彼は二年間イスラエルの王位にあった。
22:53 彼は主の目に悪とされることを行い、父の道と母の道、およびイスラエルに罪を犯させたネバトの子ヤロブアムの道を歩んだ。
22:54 彼はバアルに仕え、その前にひれ伏し、父と全く同じように行って、イスラエルの神、主の怒りを招いた。

ユダの王ヨシャファトは、主の目にかなう正しいことを行ったと記されている。
ただし、聖なる高台は取り除かず、依然として聖なる高台でいけにえをささげ、香をたいていたとも記されている。
徹底的な改革までとはいかないまでも、神殿男娼をことごく除き去るなど、思い切った改革も行っており、そのあたりが評価されているのであろう。
一方のイスラエルの王アアズヤは、歴代のイスラエルの王同様、バアルに仕え、イスラエルの神、主の怒りを招いたと記されている。
こちらは依然として、神に敵対する歩みを続けていたのであろう。
人は完全ではないから、完ぺきな改革は一度にはできないかもしれないが、完全ではないにせよ、少しずつでも改革を進めて行くことの大切さを思う。
宗教改革のみならず、生活習慣や人生設計など、じっくりと顧みて、直すべきところは修正し、悔い改めるべきところは改めていきたいものである。