1ヨハネ4章7~16節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

1ヨハネ 4:7 愛する者たち、互いに愛し合いましょう。愛は神から出るもので、愛する者は皆、神から生まれ、神を知っているからです。

4:8 愛することのない者は神を知りません。神は愛だからです。

4:9 神は、独り子を世にお遣わしになりました。その方によって、わたしたちが生きるようになるためです。ここに、神の愛がわたしたちの内に示されました。

4:10 わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。ここに愛があります。

4:11 愛する者たち、神がこのようにわたしたちを愛されたのですから、わたしたちも互いに愛し合うべきです。

4:12 いまだかつて神を見た者はいません。わたしたちが互いに愛し合うならば、神はわたしたちの内にとどまってくださり、神の愛がわたしたちの内で全うされているのです。

4:13 神はわたしたちに、御自分の霊を分け与えてくださいました。このことから、わたしたちが神の内にとどまり、神もわたしたちの内にとどまってくださることが分かります。

4:14 わたしたちはまた、御父が御子を世の救い主として遣わされたことを見、またそのことを証ししています。

4:15 イエスが神の子であることを公に言い表す人はだれでも、神がその人の内にとどまってくださり、その人も神の内にとどまります。

4:16 わたしたちは、わたしたちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。愛にとどまる人は、神の内にとどまり、神もその人の内にとどまってくださいます。

人が生きていくためには、互いに愛し合うことが重要である。
これは、誰もがわかっていることであろう。
しかし、その愛を実践することが難しいのだ。
なぜなら、人はみな罪びとであり、自分が生きることに必死だからである。
他人のことは二の次、とにかく自分だけは生き延びたいと考える。
けれど、そのような考えが結果的に争いや不和を生み、人が生きづらい世の中となっていく。
どこかでこの負の連鎖を断ち切らなければならないのだが、人が他人を愛するためには、まず愛とは何かを知ること、つまり、愛されることを経験しなければならない。
そのために、主なる神は御子キリストをこの世にお送りになり、御子の命を惜しまずに捧げることで愛を示されたのである。
神が愛を示された目的は、私たちが「生きる」ためである。
だから、私たちも、自分も含めて、すべての人が生きていくためには、互いに愛し合っていくことが重要なのだ。
愛とは、何も恋愛だけを意味するものではない。
兄弟愛も普遍的な人道的な愛も含めて、人の命を大切にし、人の思いを尊重し、喜び、感謝、そして平安に生きることができるように努めていくことであろう。
何も特別なことでなくてもちょっとしたことでも良い。
道で出会った見知らぬ人に「こんにちは」と挨拶するだけでも良い。
ちょっとした気配りで、あなたの愛も大きく広がっていくだろう。
ちなみに、イスラエルの挨拶はシャロームである。
シャロームとは、おはようにも、こんにちはにも、さようならにも使える挨拶で、本来の意味は「平安がありますように」である。
シャローム!あなたに平安がありますように。