1ヨハネ1:1 初めからあったもの、わたしたちが聞いたもの、目で見たもの、よく見て、手で触れたものを伝えます。すなわち、命の言について。――
1:2 この命は現れました。御父と共にあったが、わたしたちに現れたこの永遠の命を、わたしたちは見て、あなたがたに証しし、伝えるのです。――
1:3 わたしたちが見、また聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたもわたしたちとの交わりを持つようになるためです。わたしたちの交わりは、御父と御子イエス・キリストとの交わりです。
1:4 わたしたちがこれらのことを書くのは、わたしたちの喜びが満ちあふれるようになるためです。
イエス様の弟子となったヨハネは、イエス様のことについて、その見たまま、聞いたまま、体験したままを記録した。
もちろん、その意味はとても重要であるが、もっとも重要なことは、その目的であろう。
それは、この記録を読む者も、ヨハネらと共にキリストにある交わりにつながり、そして、喜びに満ち溢れるようになるためであるという。
昨夜、テレビでLINEでつながる若者たちのことが紹介されていたが、24時間、いつでもだれかとつながっていたいから、意味も無くLINEでメッセージ(あるいは文字)のやりとりを行っているという。
不特定多数のグループに入ってさえしまえば、そこに誰かが生きている以上、反応があって当然だろう。
けれど、それは街角で人と出会うのとあまり変わりない。
本当の交わりの意味を履き違えないために、私たちを生かして下さるお方との交わりを知ってほしいと願うばかりである。
あなたのことを本当に心から心配し「あなたを愛しているよ」と言って下さるイエス様のことを知ってほしい、それだけを願う。