マルコ13章14~23節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

マルコ13:14 「憎むべき破壊者が立ってはならない所に立つのを見たら――読者は悟れ――、そのとき、ユダヤにいる人々は山に逃げなさい。
13:15 屋上にいる者は下に降りてはならない。家にある物を何か取り出そうとして中に入ってはならない。
13:16 畑にいる者は、上着を取りに帰ってはならない。
13:17 それらの日には、身重の女と乳飲み子を持つ女は不幸だ。
13:18 このことが冬に起こらないように、祈りなさい。
13:19 それらの日には、神が天地を造られた創造の初めから今までなく、今後も決してないほどの苦難が来るからである。
13:20 主がその期間を縮めてくださらなければ、だれ一人救われない。しかし、主は御自分のものとして選んだ人たちのために、その期間を縮めてくださったのである。
13:21 そのとき、『見よ、ここにメシアがいる』『見よ、あそこだ』と言う者がいても、信じてはならない。
13:22 偽メシアや偽預言者が現れて、しるしや不思議な業を行い、できれば、選ばれた人たちを惑わそうとするからである。
13:23 だから、あなたがたは気をつけていなさい。一切の事を前もって言っておく。」

昔、この箇所を読んだ時、自分が結婚して家庭を持つ頃に、このような出来事が重なったら、本当に大変なことになるだろうなあと思った。
そして、子供が生まれ、今、このような出来事が起きたら不幸だよなあと思った。
それから数年が経ち、いつの間にか子供らも大きくなって、とりあえず自力で逃げるくらいはできる年齢になり、少々肩の荷が軽くなったような気がするかと言うと、結局、恐れや不安に対する気持ちは以前となんら変わりはない。
どんなに子供が成長し、大人になっても、かわいい愛するわが子たちには変わりないし、愛する家族、もっと言えば、人に対する慈しみの心は変わらないのである。
自分でもそうなのだから、ましてや、他人を救うために命まで捨てたキリストの愛がそれを凌駕するような大きな大きな愛であることに変わりは無い。
私たちは、そんな大きな大きな愛で愛されている。
そのことを知っておくことが、どんな危機に際しても動じることなく過すことのできる秘訣であり、何より大切なことである。