エレミヤ45章1~5節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

エレミヤ45:1 ユダの王ヨシヤの子ヨヤキムの第四年に、ネリヤの子バルクは、預言者エレミヤの口述に従ってこれらの言葉を巻物に書き記した。そのとき、エレミヤは次のように語った。
45:2 「バルクよ、イスラエルの神、主は、あなたについてこう言われる。
45:3 あなたは、かつてこう言った。『ああ、災いだ。主は、わたしの苦しみに悲しみを加えられた。わたしは疲れ果てて呻き、安らぎを得ない。』
45:4 バルクにこう言いなさい。主はこう言われる。わたしは建てたものを破壊し、植えたものを抜く。全世界をこのようにする。
45:5 あなたは自分に何か大きなことを期待しているのか。そのような期待を抱いてはならない。なぜなら、わたしは生けるものすべてに災いをくだそうとしているからだ、と主は言われる。ただ、あなたの命だけは、どこへ行っても守り、あなたに与える。」

バルクは預言者エレミヤを通して「大きな事を期待してはならない」と語られ「生けるものすべてに災いを下そうとしている」と告げるのである。
人は誰でも、昨日よりは今日、今日よりは明日、様々な経験や仕事を積み重ね、成長し、できることならば、世において成功を収めたいと思うのではないだろうか。
確かに歴史を重ね、技術を発展させ、経験を積み上げていくことで、人は進歩していくのだろう。
しかし同時に人は老い、衰えていくのもまた現実であるし、せっかく積み上げた技術や歴史も忘れ去られていくこともある。
特に、現代のような少子高齢化が叫ばれるような時代、かつての高度成長期のような考え方では、思うように事が運ばないのも当然であろう。
何もかもが縮小し、衰退していく時代もありうる。そのことを受け止めなければならない時もある。
そして、だれもが成功を収めたいと思うかもしれないが、成功とは、たまたま努力した結果、もたらされることもあるものであり、努力すれば必ず成功する、というわけでもない。
むしろ、謙遜に、自分が置かれている状況で、自分のなすべき務めをきちんと果たしていくことが大切であるし、自分自身も衰え、老いていくこともまた認めなければならない。
しかし、それでもなお、主なる神はこう仰せられるのだ。
「ただ、あなたの命だけは、どこへ行っても守り、あなたに与える」と。
生きているだけでも幸いなこと、何が何でも成長し、進歩しなければならないという思いから開放され、今の状態を受け入れ、感謝し、静かにすごすことができれば、どんなに幸いであろうかと思う。
少なくとも、自分がどのような状態にあろうとも、真実な神が仰せられたのなら、私の救いの事実は変わらない。
主イエス様がご自分の命をかけて成し遂げて下さった救いだからこそ、私がどんな状態であっても、その事実は決して変わらないのだから。